竹内「実際に山形のエコハウスをつくって“いや、簡単じゃん”と思ったんですよ。断熱材を厚くして、窓のガラスをトリプルにしただけですから。ちゃんと断熱をして熱を逃がさなければ、それなりにエネルギーというものを自分の距離感で考えられるものなんだな、と思ったんです。そもそも洞爺湖サミット(2008年)のとき、経産省主体で『エネルギーのかからない家』のモデルハウスができたと聞いたときに、想像もつかなかったです。それで、そういう住宅を秋田の能代やオーストリアに見に行って勉強したんですね。“そんなの難しくて、日本でできるだろうか?”と思ったけれど、絶対的に足りない熱よりも、太陽光を採り入れたり、遮断したりして、断熱をちゃんとすれば大丈夫なのが分かったんです。家の中で熱需要というのは、全体で使用するエネルギーの3分の2ぐらいになります。熱の問題さえ解決すれば、あと3分の1の電気を賄えばいいだけなんですよ」
後藤「オガールタウンのモデルハウスに入ったとき、床暖房などはないんだなと思いました」
竹内「室温と同じ床って、足が“これ、あったかいぞ”と思うわけですね。だから“これ、床暖、入ってますか?”とよく聞かれるんですが、入っていないんです。人間の身体って実によくできていて、体感温度的に“あっ”と分かる。エコハウスはエネルギーを使わないだけではなく、壁の温度、床の温度、天井の温度が一緒になると、身体が実際に楽だという原理(エクセルギー理論)を応用しています。ちょっと専門的な話をすると、室温と壁の表面温度、周りの放射温度の平均値が体感温度だと言われているんですね」
後藤「そうなんですね」
竹内「オガールタウンの57戸の分譲分譲地を売るときに、そういった環境性能をちゃんと持ったものじゃないとつくってはダメというルールを『紫波型エコハウス基準』として設けたんです。地元の工務店さんにエコハウスのつくり方を習ってもらえば、自分たちの武器にしてもらえるからですね」
後藤「かなり細かい基準でしたね」
竹内「ええ。使用木材の80%以上は紫波町産を使わなくてはいけないという、地産地消を推奨する決まりにしています。それから建てるのは、地域の工務店じゃなきゃいけない。外壁に30パーセントぐらい木を貼ってほしいという要望も加えました。住宅地を考える際、エイジング(経年変化)していったときに綺麗な街と、できたときだけ完璧で、そこから劣化だけしていく街では全然違う。街並みを大事にするために、自分たちの家の木を塗ったり、手を入れたりしなきゃいけない分、家に愛着も湧く。その結果、街も綺麗になったらいいなと考えたんですね。工務店さんには、最初“そんな高いものできない”と言われたんですが」
後藤「ちょっと高くても“こっちのほうがいいじゃないか”って言う人が増えてくるといいなと思います。ただ、お金が余分にかかるとプレゼンするのが難しいですよね」
竹内「やはり少し高くなりますね。でも、エネルギーの値段が今と全く同じだったら15年くらいかかるかもしれないけれど、値段が上がっていくことを考えると、10年ぐらいで元が取れるんじゃないかと考えています」
後藤「自分たちが今までエネルギーに払ってきたお金が住宅に回っていると思えばいいということですね。十分に元が取れると」
竹内「そうです。オガールタウンに建設される57戸のリーディングプロジェクトというのは、ある意味で先端的なことをやるわけですね。それは何のためにやるのか。紫波町の人口は3万人ぐらいいるので、1万1千世帯あるわけです。今後はそうした既存の家の断熱改修をしていかなきゃならないので、その練習という位置付けがあるんです」
後藤「新築の家を建てるよりも、リノベーションが増えていくと」
竹内「市場も小さくなっていくし、空き家はいっぱいあるし、いろんなところで家が余っているのに、これから工務店は何でやっていくんだよみたいな話になったとき、みんなすっごい考えるんです。オリンピックのことを考えてる建築家なんかより、よっぽど将来のことを考えていて」
後藤「なるほど」
竹内「工務店の人たちは死活問題なので、あるときにガガっとエコハウスのほうへ動くような気がします。それこそよくプリウスを例にするんですが、あの車が最初出たときに“しょぼいなぁ、こんなの買う人いるのかな”と感じたけれど“燃費”というキーワードが想像以上に大きかった。今はいたるところで走っていますから」
竹内昌義(たけうち・まさよし)
1962年神奈川県生まれ。建築家、東北芸術工科大学教授。95年から建築設計事務所『みかんぐみ』を共同主宰。主な代表作に『SHIBUYA AX』『愛・地球博トヨタグループ館』『伊那東小学校』『マルヤガーデンズ』『山形エコハウス』など。『団地再生計画/みかんぐみのリノベーションカタログ』『未来の住宅』『原発と建築家』『図解 エコハウス』など、著書・共著書多数。