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農業のゆくえ-静岡-

『The Future Times』の第3号の特集は『農業のゆくえ』。滋賀県の面積に匹敵する耕作放棄地を抱える日本。エコでもロハスでもなく、農業というレンズで現在の社会をのぞき見ようというのが、今回の特集のテーマです。
——受け継がれることなく放置された農地では、農業の技術や知識も同様に放置され、途絶えてしまう。お茶の名産地、静岡県島田市。いちから調べ、学び、考え、茶園の再生に取り組む大塚孝展さんにお話をうかがった。

取材/文:後藤正文 撮影:栗原大輔

静岡県・島田市

よみがえる茶畑

お茶の名産地のひとつとして知られている静岡県島田市。初夏には、市街地以外のいたるところで、みずみずしい茶葉の新緑が見られる。
そんなお茶の町で、親類が代々引き継いでいたものの、後継者がなく放置されていた茶畑の再生に取り組み始めた大塚孝展さん。

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「若い地主さん夫婦は、やり方を知らないから。先代が亡くなったのが30年くらい前で、山のほうのお茶農家の人に管理してもらっていたんだけど、その人はもう引退されて。そしたら、やり方が分からなくなってしまって」
後継者が見つからずに、放棄されていく茶畑は少なくないという。大塚さんの手入れによって、ようやく通り道ができた山の斜面を5分ほど分け入っていくと、そこには400m2ほどの小さな茶畑があった。

「ここから上までが2年かけて再生したところ。この上が、5年以上もののお茶の木」

そういって大塚さんが指し示す先には、3m以上の細い木が生い茂るジャングルがあった。放置されたお茶の木は、たった数年で3mくらいにまで成長してしまうとのこと。素人目にはなんの木なのか分からない。

「全部一本ずつ切って、本当の幹だけにしてしまって。お茶は凄く生命力があるから、また生えてくる。ひと夏越えて生えてきたのがこれ」
木を根元から切る“台刈り”という作業を経て、お茶の木はいとも簡単に再生するのだという。土日を使った地道な作業を経て、茶畑は収穫ができるまでに甦った。

「普通のお茶園とは全然違うものを目指していて。こういう草のなかにお茶の木がある、森のなかにお茶の木があるってのが理想。味はたぶん、いわゆる牧ノ原とかで作っているもののほうが、評価としては、味が濃くてとか、すっきりしてとか、端麗なものは作ることができると思うんだけど。自分としてはそういうものではなくて、必要な分だけの土を作って、健康に育ってくれれば良いかな」

害虫駆除のために農薬を撒き、昆虫やミミズなどの様々な生物がいなくなった畑の土は肥えなくなる。そこに栄養分を与えるために手軽な液肥などを撒くと、木は簡単に養分を得られるために根を張らなくなる。そうすると木自体の生命力が下がって、そこにまた害虫がやってくる。そういった既存の農法が持つサイクルに疑問を持ち、様々な有機農園を訪ね歩いて、自身の農園で実践しながら大塚さんの茶園再生計画は進んできた。目指しているのは、自然栽培に近い有機農法だ。

「無農薬とは言わなかったけれど、お茶を親戚のところで始めるって言ったら、お茶農家さんの息子は『じゃあまず、軽トラと農薬を入れるタンクを買わなきゃね』って。『投資が必要だね、100万円くらい』って」

農業の素人としてスタートした彼の言葉からは、農薬を撒くことがあたりまえになっている慣行農業に対する戸惑いと反発が感じられた。彼が訪ねた有機農家たちの置かれた立場にも考えさせられる。
「有機農家さんの心意気ってのは尊敬するんだけど。村八分というか、お前のところから虫が来るじゃないかと皆から言われてしまって。何軒も有機農家さんのところに行っているんだけど、慣行でやっている人たちの輪とは壁があって、村八分みたいな、本当に困ったときだけしか助けてもらえないというか。そういうなかでやっているのはすごいと思う」

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数年間放置されてジャングルと化したお茶の畑。パッと見では、お茶の木だと判別がつかないほど伸びてしまう。

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伸び過ぎた木は、“台刈り”という作業を行い、切り株だけを残して切断。生命力の強いお茶の木はここから再生する。

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手入れによって復活したお茶の畝(うね)。2年間でお茶が収穫できるまでに成長した。

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2012年の新茶。参加者の手によって摘まれた茶葉は45kg。このあと、製茶工場で加工される。

有機茶園の現実と希望

いちから、自分の手だけで始めた有機茶園であるからこそ、予算や人出、土地の栄養不足など、産業として農業に取り組むことの難しさについても、大塚さんは言葉を続けた。
「農薬の慣行については、全てを否定するわけではなくて。経済ってまわるためには色々なことが必要なんで。そういうのを批判するよりは、自分が納得のいくものを作って、それを分かってくれる人にとりあえずはっていうのが自分の今の考え。全部変えたいんじゃなくて、そこからスタートかな」

原発事故の影響で、昨年の一番茶からは145ベクレル/㎏のセシウムが検出された。以後の検査では検出限界を下回ったが、安全性に不安を抱えたお茶を売りたくはないのだと大塚さんは語る。検査は自費の5万円を投じて行った。
「新しい基準値の“飲用茶で10ベクレル/㎏(※1)”は、614ベクレル/㎏の茶葉が飲用茶で7.3ベクレル/㎏だった去年の某工場の数値を考えると、疑問がある。それで安全性が確認されても素直に喜べないよね」

再生をスタートさせたばかりの有機茶園の、その一番茶に降り注いだ放射性物質。今年も飲用茶では不検出だったものの、ここまでの苦労や心情を思うと言葉にならない。それでも大塚さんは生き生きとした視線のまま、前向きな言葉を語ってくれた。それがとても印象的だった。

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「これまでの高度成長を担ってきた親父世代のことを何も考えずに引き継ぐんではなくて、新しいものを作るべきだよね。自分で考えてね」

5月12日には、ソーシャルネットワークを介して茶園の活動を知った人たちや、大塚さんが復興支援活動を通じて知り合った人たちなど、十数人が茶園に集まり、お茶摘み会を行った。イベントとして開催することで、茶園は新しいコミュニティとしての機能を持ち始めている。

大塚さんのお茶農園が迎えた二回目の収穫期。黄緑色の茶葉がとても美しかった。

(※1)飲用茶で10ベクレル/㎏

飲む状態での基準値。荒茶または製茶10g以上を30倍量の熱水で60秒間浸出したもの。