後藤「最後に、音楽の未来についての話をできればと思うんです」
坂本「音楽活動でいえば、そんなに活動の形態は変わらないと思うけど。どうでしょうね。CDのセールスは、世界的にドンドン落ちてます。タワーレコードはアメリカではもう何年も前になくなってる」
後藤「NYから、レコード屋が全部なくなったみたいな話を、以前に聞いたような気がします」
坂本「『アザーミュージック』、ようするに違う音楽という象徴的な店名の店が、一軒だけありますね」
後藤「そうなんですね」
坂本「そこは、店舗では普通のCDショップでは買えないような、ちょっと珍しい音楽を扱っていて。オンラインでデジタル版も売ってます。そういう特殊な形、ほかで売ってないようなものを扱う場合は存在価値があると思うんだけど。僕は、インターネットが普及し始めた95年の時から“CDはなくなる”って言い続けてるんです。日本はまだわりとあるというか、AKBに投票券つけたり、そういうようなことで生き残ってるそうで。珍しい国だと思うんです」
後藤「僕、日本のCD事情について色々考えてみたんです。もしかしたら、レンタルショップが担保してるんじゃないかっていうか。レンタルCDで借りてパソコンに落とし、ウォークマンとかに入れる人のほうが、iTunesなどに比べたら、まだシェアがあって。そうすると、みんな盤で持つっていう」
坂本「なるほど」
後藤「僕が子供の頃だったと思うんですけど、洋楽のCDは、1年経ってからじゃないとレンタルできないってルールができましたよね。皮肉なことに、レンタルを認めたことでCDは残ったんじゃないかって、最近考えてるんですけど」
坂本「なるほどね。そういう面もあるかもしれない。だけど、どんどんCDで買うという人が少なくなっている中、よく考えると、mp3の250Kが標準になってきてますよね。僕はリップする時は320Kでしていますけど。それよりもいいものは、アップルのLosslessとかのほうがいいじゃないですか。結局、今、簡単に手に入るもので、音質的に一番いいのはCDですよね。だから、この先のことを考えると、やはりCDで持っていたほうが、とりあえずは音質がいいってことになってしまって、皮肉な結果になってるんですよね。もちろんレコーディングの時には、将来のメディアのことも考えて、僕は今24ビットの96Kでやってますけど、アジカンはどうですか?」
後藤「24ビットの、48Kです」
坂本「それでも、CDに比べたら、かなり情報量多いわけですけど、なるべく多い情報量のほうが原盤はいいと思うんです。将来、当然、インターネットのスピードが遅くなるということは考えられないわけで。早くなりこそすれね。僕、新しいやり方として、1ビットレコーディングなんていうのも試したりしてます。やっぱり音質違いますね」
後藤「そうなんですか」
坂本「面白いですね。特にギターなんかにはいいんじゃないかと思います。部屋の鳴りとか奥行きがすごくいいですね。でね、そこから考えると、結局音っていうのは空気の振動じゃないですか。空気の分子があって、それが振動してる。だから、その空気の分子の振動状態を全部記憶しちゃえば、その音は記録できるわけです。電子とかに変換しないで」
後藤「それはもう、環境として残すということですか?」
坂本「うん。ある部屋、屋外にしろ、部屋にしろ、どこかの空間の空気の振動が音ですから、空気の状態を記憶すれば、完全に記録できますよね」
後藤「全く同じ音が記録できますね」
坂本「それがやっぱり究極の記録の仕方かなって、今思ってて。でも、物理的にどうやればいいのか、僕にはわからないんだけど」
後藤「なるほど。あと、リリースの形態は、なぜかカセットが流行ったりしてますね」
坂本「アメリカでもカセットが流行ってますね。“この曲はカセットで聴きたいよね”とかって言う生意気な少年達がいます(笑)」
後藤「ちょっと前までは7インチだったのに、だんだん今度はカセットになってきて。お土産感覚でライブで買って帰るんだって聞きました」
坂本「あと、リップする時に、元がアナログ盤なのかCDなのかわかんないけど、みんな友達同士でコピーしますよね。違法コピーなんで、みんなと言えるのかどうかわかんないけど(笑)。その張本人は、“マスター”って呼ばれるんですよ。まさにマスターでしょ。ご主人様です」
後藤「面白いですね。僕、そういった今後のメディアに関しても考えようと思って、『THE FUTURE TIMES』を紙にした部分もあるんですよね。メディアってものに対して、やっぱり、どう考えても意識的にならないといけないので」
坂本「そうですね」
後藤「だから、もう一回アナログな物を自分達で作ってみたくて。新聞を作ることも、たぶん音楽をどういうメディアで残してくってことの勉強になるんじゃないかと思ったんです。メディアがどうなっていくのかっていうのは、音楽をやってる人間にとっては気にはなることなんで」
坂本「そうだね。ただ、そう言いつつ、うちにも膨大なCDがありまして(笑)。なんとか減らせないかなと思って、いつも苦労してるんです」
後藤「ものすごい量あるんじゃないですか?」
坂本「ものすごい量あります。もうどこにあったかわかんなくなって、何度も買っちゃったりね。本もそういうこともありますけど、大変ですよね。引越しはもう、ほとんど不可能に近い状態で。どうしたらいいんでしょうかと」
後藤「ハードディスクを積み上げるとか。でも、あれ消えちゃうことがあるんで、ちょっと怖いんですよね」
坂本「ハードディスクは危ないですよね。寿命がわからないそうですね。湿気とか色々言いますけど、原因は別にないんですって。いきなり壊れるそうですよ。そうすると、紙はたとえば、エジプトの紙は今でも残ってるでしょ? 5千年前の」
後藤「パピルスですね」
坂本「そう。紙は解読可能だと。CDは、コンピューターやCDプレイヤーがなくなっちゃったら、あの盤に何が入っているか、ちゃんと未来の人は解読してくれるのかどうかわかんないですね」
後藤「そうですよね。僕も同じことをたまに考えたりします。レコードも一度、土に埋まったら、いつか発掘した時にどうするんだろうみたいな」
坂本「どうするかねえ。音声や音が刻まれてるって、気付かれるかどうかわかんないですよね」
後藤「そうすると、残していくんだったら、やっぱスコアーになるのかな。でも、スコアーも読み方わかんなくなる時が、いつか来るかもしれない」
坂本「来ますよねえ、それは」
後藤「ですよね。そうするとなんか、音楽って……」
坂本「まあ音楽って所詮、さっきも言ったけど、空気の振動で。それを記憶しなければ、消えてってしまうものですからね。その良さっていうのかな、そういうのもあるかもしれないですね。たった100年くらい前ですもん、記録し始めたのは。その前にあった音楽が、何千年も何万年もあるわけですから。それらはもう消えちゃってるわけで」
後藤「そうですねえ。レコード自体、前世紀の最初くらいですもんね」
坂本「人類は生まれた時からずっと音楽をやってたはずだから。僕がよく考えるのは、人類がアフリカから歩いて出てきたのが、6、7万年前とかって言われてるんですけど、その時は一家族だったらしいんですよ。多くても50人くらいの家族が、歩いて出てきたのが僕らの先祖で。その時、たぶんひとつの言葉をしゃべっていて、当然、歌も歌ってたと思うんです。楽器も持ってたかもしれない。ピーッとか笛を吹いたりね。もう消えちゃってるから想像するしかないんですけど。それを想像するのが楽しいんです。その時の言葉や音楽の痕跡が、もしかしたら、まだあるかもしれないじゃないですか。どっかに隠れて」
後藤「面白いですねえ」
坂本「日本語の中にも、何か痕跡があるかもしれない。というようなことをね、よく想像して遊んでます。引きこもりですからね、私は」
後藤「そうなんですか?」
坂本「わりとね(笑)」
坂本龍一(さかもと・りゅういち)
1952年東京生まれ。78年『千のナイフ』でソロデビュー。同年、細野晴臣、高橋幸宏と『YMO』を結成。84年、自ら出演し音楽を担当した『戦場のメリークリスマス』で英国アカデミー賞受賞。映画『ラストエンペラー』の音楽でアカデミー賞、グラミー賞他受賞。90年代から、環境・平和問題に言及することも多く、論考集『非戦』を監修。自然エネルギー利用促進を提唱するアーティストの団体『artists'power』を創始するなど、活動は多岐にわたる。