HOME < スイッチと未来

スイッチと未来 -音楽の普遍的な力を信じたい

お経と音楽、昔は同じものだった

二階堂「今は世の中が信じられないくらい、あまりに何もかもが良くない方向へ行き過ぎていると感じます。いろんな情報が飽和してしまい、もう処理できないくらい。だから、ものごとの焦点もボケてしまう。後藤さんみたいに頭が回転して、パパパッとツイートできればいいんですが。ツイートというのが私には合ってなかったみたい」

後藤「そこら中でめちゃくちゃなことが起こっていて、いろいろなことに声を上げる必要があると思うんですれど。でも、そうしていると『なんにでも不満なオジサン』みたいに見えてしまって、反対するために反対するという『反対オジサン』みたいに思われてるのかもしれません。“アジカンは曲はいいけど、常に何かに反対してないといられない人なのか”と言われてしまったりね」

二階堂「何かに反対の声をあげるのって、そもそもロックの基本姿勢ですけどね。でもこういう新聞とか作ってるのって、ほんとすごいと思います。仏教も、特に浄土真宗はそういうところがあって。世間の通説をバッサバッサ斬っていくのが役割みたいなものだから。でも何かを攻撃したりはしない。釈先生とのトークセッションをさせていただいたのは、安保法案を審議している渦中の時期で、民主主義は多数決のことじゃないんだと仰っていたのが印象的です」

後藤「何のために国があるのかさえ、分からなくなってきている気がします」

二階堂「そんな時代でも、仏教というのは伊達に2500年も生き延びていないものなのだから、世界平和の道として力があるはずだと思うんですよね」

後藤「僕はあまり詳しくないですけど、中世の『踊り念仏』とかスゴいですよね。差別を受けていた人なども連れ歩いて」

img005

二階堂「あの頃、女性とか、子供とか、身分の低い人たちは、仏教のブの字にも会わせてもらえなかった時代でした。そんな人も全部救われるものでないと意味がない、と起こったのが浄土教系の動きなんです。でも、現代においてそのパンク精神みたいなところってあまり重んじられてないように思います。私も含めてですけど、お坊さんの怠惰ですよね、ルーチンワークに安住してしまって」

後藤「確かに、やけにいい車に乗っているのを見たりすると…(笑)」

二階堂「うちは全然裕福じゃないお寺ですけど。ただ、私たちの世代は危機感を感じて、親世代のやり方に疑問を持って、原点に立ち返ろうとしてる人がたくさん出てきているんです。上の世代でも仏教の起こりから突き詰めて考えておられる方ももちろんいらっしゃいますが、全体の割合で見るとやっぱり怠けている」

後藤「もちろん真面目な方もいると思いますけど、お坊さんにはキャバクラに通ってるイメージがあります」

二階堂「でしょう? 一般にそう思われてることも自覚してる。やたら道楽を追求する人もいますね、私もその一派と思われているかもしれませんけど。むしろ私は今、仏教の勉強をしたいと思っているんです」

——二階堂さんの中で、本来のお坊さんが果たす役割や課題って、どういうものですか?

二階堂「世間のものさしを疑ってかかるというか、それにとらわれない、もっと大きな視野を示すことだと思います。たとえば“健康が一番”とか“自分が選んだ道だから”とかいう常套句に対して、「いやいや、そんなのあてにしてたらすぐ崩れるから」みたいな。仏教って行き詰まった時の受け皿みたいに思われてるかもしれないけど、なるべくその前に、行き詰まらないような精神でいてもらいたい、って思います。自分自身がそうありたいなって思ってるだけかもしれないけど。自分が僧侶である前に仏教徒として、信仰を持つ、よりどころを持つということがほんとにおススメなのかどうかを、試しに体現してみているというか、いまの私はそんな感じです。
 でも今個人的に課題に思ってるのは、生きている意味が分からないと迷われている方に、僧侶としてどう接するのか、ということです。祖母の晩年に接していた時も、僧侶としては気の利いたことなにも言ってあげられなかった。老いとか、病気を抱えている方に対して、僧侶としてできることって何なんだろうなって。身体があなたを生かそうとしている限り、それに従うのがその人の寿命だと思うし、そうでなくなったら、受け入れなくちゃいけない。生きることはつらいことも悲しいこともいっぱいだけど、生きていないと出会えない喜びもたくさんある。自分自身も、そうした喜びを見出すために、考え方のスイッチを変えたいんです。うまいこと転換できるユニークさというか、アレンジ力や瞬発力、即興性が要るから、なかなか容易ではないですけれどね」

後藤「昔はお寺で音楽を教えてたんですよね」

二階堂「お経それ自体が音楽と捉えられていたんです。声で何か伝えると言うのは、すごい似ていますから」

img005

後藤「弾き語りをお寺でさせてもらったりすると、横長の造りになっているからスゴく声が通ります」

二階堂「お寺ってアカペラが響くようになっているんです。私はなるべくマイクを通さないで唄うのがやっぱり好きですね。〝そこ″から声が聴こえるというのが大事だと思っています。スピーカーから声が出ていると、目の障害がある方だと歌い手がどこにいるか分かりにくいし。歌い手が移動しながら声が動けば、どちらを向いているのかも伝わる。そういうのがいい。それだけでも、音楽の力を信じられる気がします」

 困難なときを乗り越えた後に

——二階堂さんのアルバム『にじみ』は、東日本大震災の直前にレコーディングが終わったと伺いました。

二階堂「そうです、前日に。最後がうちの本堂での録音でしたから、3月11日の昼前に帰っていったメンバーもいて。広島は全く揺れなかったので、たまたま家の修理に来てた大工さんがラジオを聞いてて、『なんか、すごい大きい地震あったみたいよ』なんて言われて知りました」

後藤「その後はどうでしたか。アルバムを作り終えた後で出し切った感はあったと思いますが。僕は当時、ものすごい沈黙の檻の中に閉じ込められているような気がしました。唄うなという圧がスゴかった。いま曲を書けないと、この先音楽なんかできないとメラメラと感情が湧いてきて、3月18日にネットに曲をアップしましたが」

img005

二階堂「私はイベントごと自粛されるのは、安全を考えても当然の流れだと思いましたが、ミュージシャンたちが『何を創ったらいいのか分からない』と言うのを聞くたびに、腹が立ってましたね」

後藤「どういう感じで?」

二階堂「そんなにチャラい気持ちで音楽をやってたのか、とむしろビックリして。賛否はあったけど、その後にスチャダラパーがつくった動画などはむしろアリだと思ったし、むしろラッパーとして正しい社会諷刺だなと」

後藤「電気グルーヴも『節電気グルーヴ』とか」

二階堂「ああいうのはエールを送りたい気持ちになったし、七尾旅人君とかが寄付のために曲を発表するのも偉いな、行動力あるな、と思った」

後藤「『プロジェクトFUKUSHIMA!』も早かったですもんね」

二階堂「私も1年目のプロジェクトFUKUSHIMA!に出させてもらいましたが、一部の人からは『行くことで福島はもう安全』というメッセージに繋がる、と言われました。後藤さんもさんざん言われたと思うんですが」

後藤「もちろん」

二階堂「でも、賛否を起こすのが大友さんの目的でもあったようなので、なるほどなと。後藤さんが『メラメラ来た』と言うのは、私は嬉しいです。地震の直後は土砂を掻き出したりとか、物資を運んだりとか、肉体的な作業が求められたと思うんです。アイドルグループの人たちが炊き出しとかで被災地へ行くのも正しいと思いました。私のような中途半端なのが行っても力になれないし、そこは有名な人たちによろしくお願いします、と託して」

後藤「石原軍団とか」

二階堂「そうそう、有名でないと役に立たないと。自分なんかの出番が来るのはもう少し先だと思って。被災地だけじゃなくて、日本全部で揺れてしまったみんなの気持ちに対して、そのあときっと役に立つ、と思って『にじみ』は出させてもらいました。震災前に作ったものだけど、人の生死に接する生活の中で書いたものだし、タフなものになってると。だけれども、音楽とは別に、命を考える仏法、仏教の出番だなということも同時に思いました」

対談を終えて

img005

——今は両方を合わせてやられているんですね。

二階堂「実家のお寺に戻って12年になります。住職はまだ父ですけど。当初はやむを得ずでしたが、家族や地域の人たちに揉まれて暮らす中で、新しい目が開いてきました。音楽と仏教と、目指しているところが合わさってきたんです。最近は、お坊さんとして呼ばれて歌を唄うこともよくあって、そのときは仏教の話として唄っているというか、どっちでも同じことをやっている。私の歌は、ままならない状況を慰めたり、笑い飛ばしたり、自分がそれを受け入れていくために作ったものばかりなので」

後藤「僕はロックフェスの理想型として、やっぱり一遍がみんなを引き連れている『踊り念仏』を思い描きますね。やぐらみたいな上で汚い爺さんが唄っていて、周りに髷(まげ)も結ってないような子供の格好をした大人がいる。それを念仏じゃなくて歌にすればいいんじゃないかとかというイメージはスゴくあります。これじゃないの、音楽の役割!って具合に」

二階堂「そうだと思いますよ、特にロックは。自分がやっている音楽は、なんだろうな。それはちょっと分からないけど、私の歌に熱狂してもらうことはないと思うんです。何かに対してウォーって歌じゃなくて、もっと何かフッとしたところにスッと入る、そんな役割を担っていけるといいのかな」

(2016.5.25)
前のページへ |  1  |  2  |  3 
cover
暮らしかた冒険家

二階堂和美(にかいどう・かずみ)

1974年、広島県生まれ。1997年からシンガーソングライターとしての活動を開始。これまでに単独作として12作品を発表。2011年発表のオリジナル・アルバム『にじみ』は全曲を作詞作曲し、それまでの活動の集大成ともいえる作品となった。2013年公開のスタジオジブリ映画『かぐや姫の物語』(監督:高畑勲)の主題歌『いのちの記憶』を書き下ろし、話題に。2015年、RCC中国放送が展開する「被爆70年プロジェクト『未来へ』」のテーマソングとして書いた『伝える花』をシングルでリリース。著書に『しゃべったり書いたり』。浄土真宗の僧侶でもある。