奈良「人為的に大がかりな工事ができなかった時代は、自然と共存しなきゃいけないわけじゃない。山にある木を切りすぎると、山が水を貯められなくなって、土石流や水害が起きるというのを知ってるから、また木を植える。アイヌの人たちは服をつくるのに木の皮を使うんだけど、『こっち側の皮は取るけど、北側の皮は残す』という取り方をするのね」
後藤「進んでますよね。今、壊れたら買い替えるのが当たり前のことになっているのと同じで、僕たちの暮らしでは、そういう長い目で見るビジョンが薄れている気がしています」
奈良「でも、戻れるところには限りがある。生まれたときからこの環境だと、戻れないことがたくさんあるじゃない。今の子供たちは、地方でもあまり方言は話さなくなって、親とか年寄りが言ってることは分かるけど自分は話せないの。それがいいことなのかどうなのか、俺は分からなくて。俺よりちょっと上の世代だと教室では標準語を話し、あえて方言をなくそうとする時代があったみたい。逆に今、方言を話してる子をテレビで見ると、スゴい豊かだなって。それは、物質的なものとは違う豊かさなんだ。ときどき田舎の友だちから方言メールが来ると、じわっとくるんだよね」
後藤「僕は静岡に帰ったら方言丸出しになりますね。『なんとかだらー』って」
奈良「静岡のどっちのほう?」
後藤「島田市というところです。地理的には静岡市と浜岡市の間。浜岡原発のすぐ近くですね」
――奈良さんは日本で脱原発デモが始まったとき、自身の「NO NUKES」と描かれた少女の作品(『Slash with a Knife』所蔵)を「売り買いの対象外にして自由にコピーしていい」と発言されて、多くの人がプラカードに掲げていましたね。
奈良「日本でみんながデモをする前、それは震災の前だと思うんだけど、タイにいる人から『知ってる? 無断で使われているよ』と送られてきた写真を見たのが最初なんです。日本でもそのことを知ってる人が使ったのかなと思って。こうなったら、それをステッカーにして商売するような人が出てきても良くないから『自由に使ってね』と言ったんです」
後藤「いつ頃に描いた作品だったんですか?」
奈良「1998年だったかな。いわゆる反原発ではなく、核兵器廃絶の意味で使っていたのね。当時はそっちのほうが身近に感じていたから。それが思いも寄らぬところで、新しい価値観として復活する瞬間を見て、自分が一番驚きました。自然発生的に出てきたから、なんの予測もしていなかったし。デモに参加するとき恥ずかしいんだよね。俺を知ってるより、絵だけ知ってる人が多いと思うんだけど、どうも恥ずかしくて人と目を合わせないようにしたり」
後藤「自分だったら、そこで歌っているというのはあんまりないと思うんですけど、デモでは奈良さんの絵を掲げている人がたくさんいたなぁって」
奈良「その目的のために描いた絵なら、自分も進んで掲げるかもしれないし、ありがたく思ったりするんだろうけど、気恥ずかしいよね。ただ、原発事故や震災の被害地域が、もし東北じゃなかったらどうなってたんだろうってよく思うのね。やっぱり東北は昔から疎外されていた気が最近どんどんしてきて。この地域が政治的機能を奪われ、日本にとって米蔵とか作物を作る場所にされたというのもそうで」
後藤「東北学の赤坂先生に伺ったことですが、穀倉地帯にされたのも国の政策ですよね(http://www.thefuturetimes.jp/archive/no05/akasaka/)。東北はもともとそういう場所ではなかったと」
奈良「そう。会津なんかもスゴい文化があったけど、戊辰戦争で幕府軍に協力して負けて、その後はすべて奪われて、お金も落ちなくなってストップしちゃった」
後藤「旧会津藩の実力者が移されたのが、青森だったと聞きます」
奈良「しかも、昔の会津藩の人たちが結託しないように北と南、下北の上のほうと、八戸の南に分けちゃったんですね」
後藤「東北のそういった歴史を見て、アメリカが移民の国だとしたら、俺たちもそうなんじゃないか、似てるよなと思いました。地方自治も確立していたし、それこそ合衆国のようだった時代もあったわけですから」
奈良「アイヌの人たちが日本という国から受けていた差別、あるいは区別というものが東北の姿とダブるんです。アイヌの文化には新鮮で学ぶものが多いから、これからもずっと研究していくつもりですよ」
奈良美智(なら・よしとも)
1959年、青森県弘前市に生まれ。1981年、愛知県立芸術大学美術学部美術科油画専攻に入学。1987年、同大学大学院修士課程修了後、1988年にドイツに渡り、国立デュッセルドルフ芸術アカデミーに入学する。2000年帰国。翌年、新作の絵画やドローイング、立体作品による国内初の本格的な個展「I DON'T MIND, IF YOU FORGET ME.」が横浜美術館を皮切りに国内5ヵ所を巡回。いずれの会場でも驚異的な入場者数を記録し、美術界の話題に。現在、青森県立美術館、その他、東京都現代美術館、ニューヨーク近代美術館など、国内外の多くの美術館に作品が収蔵されている。現在、森美術館で8月31日まで開催されている「ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界」に参加。