後藤「昨年、僕たちはドイツでツアーがあって1日休みだったので、ヴュルツブルクという街まで行って、環境政策の見学をしたんです」
奈良「ああ、ドイツの南のほうだね」
後藤「修道院も見せてもらって。そこでは食料も全部育てるし、自分たちで屠殺もやる。余った麦わらや牛糞を集めて発酵させてバイオマス発電もしているから電力をすべてを賄えるし、余ったら売るから収入もある。バイオマスで出たカスは、肥料になって循環する。街そのものに太陽光パネルがたくさんあって、普通の家でも電力を売っているんです。そういう発電をするとき税金面で相談できるコンサルタントがいたり、公園のど真ん中に風車が立ってたりと、とにかく進んでいました」
――ドイツが優秀で日本がダメ、という話になっていますね。
奈良「いいや、100%そうじゃない。たとえば、メルケル首相は原発を辞める決定をするとき倫理委員会を組織したんだけど、そこに科学者を入れなかったのね。道徳的にどう思うかだけで押し切った。経済的にどうか、科学的にどうか、という検証をいっさい抜きにして、一般人の考え方だけで決定したんです。日本だとありえないでしょう?」
後藤「ドイツでは道徳が優先するんですね」
奈良「昔からそうだったわけじゃなくて、第二次世界大戦でユダヤ人をホロコーストによって虐殺したからそうなったと僕は思っている。ドイツの国会議事堂へ行くと、ユダヤ人作家の作品が廊下に飾られているの。それはホロコーストをテーマにした現代美術。亡くなった方たちの白黒写真をバーッと並べた作品とか、そういう戦争の悲惨さを被害者の側から描いた素晴らしいものを飾っている。決して忘れることがないようにね。それを見て、なんだか俺はガクッときて」
――落ち込んでしまった?
奈良「そう。日本人だから、やっぱり日本が好きでいたいわけじゃない。それなのに、その手の美術で日本で誇れるものは、何もない。他の日本の美、たとえば桂離宮であるとか、そういう誇れるものはたくさんあるんだけど、洗練されてできたものじゃなくて、反省して生まれるもので誇れるものが何もないということに気づいてガックリと落ち込んだんです」
奈良「それと、ドイツにはペットショップがないのね。犬や猫を飼いたいときは保健所にもらいにいくから。殺さないの、絶対。それもやっぱり、第二次世界大戦の経験からで。これはドイツの友だちが言っていたんだけど『自分たちには弱い者を窮屈なところに入れてガスで殺してしまうことへの反省があるんだ』と。弱い者、当時はユダヤ人だけじゃなくて、知的障害がある人とか、ゲイの人とか、全部が収容所へ送られて殺されてしまった。いい遺伝子を残すという名目のために」
後藤「先日、たまたま書きものをしていて調べたんですが、日本では平成19年で猫が20万頭、犬は10万頭くらい。昭和の最後のほう(1980年代)までさかのぼると、犬は100万頭近くも殺処分していたらしいです」
奈良「北欧では、文明国の基準というのはそういった動物を殺さないかどうかで分かると言われているんだよね」
――ヨーロッパは、宗教的な倫理観が国民性に影響しているんでしょうか?
奈良「どうだろう。僕は湾岸戦争(1991年)のとき、ドイツで後藤さんと同じことを感じたの。若い人たちが反戦デモをしていたのね、それこそパンクスとかが。おそらく彼らは日曜に教会へ行かない人たちです。反対に、教会へ行くような人たちは何もしない。ただ教会で拝んでいるだけ。大きな視点で見たら、教会に行かない人たちのほうが平和のことをよく考えていたり、隣人とはどういうものかを考えていたりして。そういうのが不思議でした」
後藤「同じことがドイツでも起きていたんですね」
奈良「うん。ただドイツはね、親切な人は親切。日本の場合、本当は親切じゃない人でも親切な振りをするじゃない? ハンバーガー店に行って『ようこそ、いらっしゃいませー』とかさ、教育の違いだと思うんだけど。逆にドイツは、どの人がいい人で、どの人がそうでないか、すぐに分かる感じがあったな」
後藤「日本でも親切な振りをする都会と違って、田舎へ行くと家の鍵がかかっていないようなところがありますよね。『おーい』ってお刺身とか持って、勝手に上がってきちゃうとか」
奈良「沖縄の離島だと、玄関の柱に木がチョコッと立てかけてあると『います』で、全部立てかけてあると『いません』とかサインがあるみたい。泥棒にしてみたらチャンスなんだけど、小さい集落だから気にしない」
後藤「全部ウェルカムかというとそういうわけではなく、知らない人が入ってくるとサッと警戒する排他性も機能してるんですよね」
奈良「で、気に入られたら急に仲良くなってね。金田一さんの話でも、最初はアイヌの髭づらの男から『キッ』とにらまれて大変だったけど、ようやく覚えた「何?(What?)」という単語で次々に質問したら、途端に仲良くなったって。泊まっているところにアイヌの人たちが昼も夜もやってきて、いろんな伝統文化を教えてもらえたそうです」
奈良美智(なら・よしとも)
1959年、青森県弘前市に生まれ。1981年、愛知県立芸術大学美術学部美術科油画専攻に入学。1987年、同大学大学院修士課程修了後、1988年にドイツに渡り、国立デュッセルドルフ芸術アカデミーに入学する。2000年帰国。翌年、新作の絵画やドローイング、立体作品による国内初の本格的な個展「I DON'T MIND, IF YOU FORGET ME.」が横浜美術館を皮切りに国内5ヵ所を巡回。いずれの会場でも驚異的な入場者数を記録し、美術界の話題に。現在、青森県立美術館、その他、東京都現代美術館、ニューヨーク近代美術館など、国内外の多くの美術館に作品が収蔵されている。現在、森美術館で8月31日まで開催されている「ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界」に参加。