HOME < 西加奈子(なくなるものと未来)

西加奈子

東日本大震災から1年以上の月日が過ぎました。被災地と一言でまとめてしまうことのできない、様々な “現在地” 。
私たちの日々の生活も、例外ではありません。『THE FUTURE TIMES』第2号では、未来に向かって、
それぞれの “現在地” を考えるための言葉を集めました。――その独特の文体であたたかい物語を紡ぎつづける、
作家の西加奈子さん。3.11以降のものづくりから、小説と音楽の世界での『伝える』という行為について、
編集長・後藤正文と語り合いました。

取材/文:浅野智哉 撮影:外山亮介 編集:山内菜緒子 取材協力:宇田川カフェ

東日本大震災と表現のかたち

img001

後藤「『漁港の肉子ちゃん』を読みました。面白かったです。 友達から『後藤君だったら絶対に楽しめる』と推薦してもらった作品でしたが、その通りでした」

西「ありがとうございます (笑) 。ツイッターでも褒めていただけたんですよね。嬉しいです」

後藤「小説を読むのって、どうしても文体との相性みたいなのがあって。相性が悪いと読 むスピードが落ちるんですけど。西さんのは一気に、集中が途切れずに読めました」

西「嬉しいな。でもわかる。読む相性って、ありますよね」

後藤「リズム感みたいなものかな。あと、あとがきで、石巻市がモデルだと明かされているでしょう。発表されることに迷われている感じも伝わって、それも良かった」

西「時系列的には、『漁港の〜』を書き上げてから東日本大震災が起きたんです。もし書いている途中とか、書く前に震災が起こってたら、こういう話では発表できなかったと思います。もっと人の生死に対して自分はこう思っているという、作家のアピールをこめていたかもしれない。それは『漁港の〜』で、書くことではないやろうなと。きらきらした、美しいものに包まれている世界を、ありのままに書けて良かったです」

後藤「今後の小説では、大震災後のメッセージが入ってくるんですか?」

西「不思議なもので、今は9.11の同時多発テロのことを書いています。きっと自分がリアルに、被災なりの体験していないものを書くには何年かの時間がかかるんやと思う。あと、どっかで書くブレーキがかかっているというか。経験していない痛みを書くことの勇気が、まだ足りない。感情がデリケートになり過ぎて、いろんなことを考えてるのに、書きたいことを書けなくなってしまう。そういうこと、ないですか?」

後藤「そうですね……。僕で言えば大震災の後は、音楽を作る――作詞のスピードが半分以下になりました。書けないというより、伝えたいことをより慎重に選ぶようになった。何を歌うのかが以前より重要になってきました。僕らのバンドは叙情詩にメロディーをつけることを長くやっています。完全なフィクションより、もっと私生活だとか実生活に近いところに座標軸がある。だからよけい大震災の後、歌作りには慎重になりました」

西「距離感が取りづらい?」

後藤「うん。『自分は表現者である』とか『アーティストです』と、振り切ってやっちゃえば、歌詞で乱暴な言葉も使えるんですけど。ポップミュージックをやってきた僕らが、それをやるわけにはいかない。いろんな意味で聴いている側の感情移入度が高いフィールドなので、震災後の表現との距離の取り方には、神経質になっています」

西「やっぱり聞いてる人には、共感してほしいですよね」

後藤「でも共感してもらえるラインを保つことに執着して、伝えたい言葉をすべて排除していいのかという悩みもあります。たとえば『闇とガレキをかきわけて たどりついたんだ』という歌詞があるのですが、受け取る人によっては暴力性を持ってしまう。かといって別の言い方にすればOKというわけでもない。言葉の無神経さみたいなものに、今はすごく敏感です。歌詞を書くとき『これは俺が歌ってもいいのか?』と、メンバーと相談することが増えましたね。『そんなびくびくしてていいのか?』という疑問もありますが」

西「作り手の保身じゃないかぎり、いいんじゃないでしょうか。後藤さんは、人を傷つけ たくないと思って悩んでるんでしょう? だったら絶対に伝わりますよ」

後藤「だといいいですけれど」

西「作家達の中には、震災後に『自分の書くもので人を傷つけたくない』『自分の小説ってなんのためにあるんだろう』って悩んで、書くのを一時やめた人もいます。めっちゃナイーブやってんな、だから小説を書いてきたんやなと。作家の繊細さを、あらためて確認しました」

後藤「ものを書けば誰かを傷つけることもあると、西さんは自覚されているんですね」

西「うん。傷つけることからは、逃げられへんでしょう。だけど、それで書くことを怖がってたらいけないじゃないですか。たとえば『この足で歩いて行くんだ』という表現のとき、『じゃあ足のない人はどうするねん?』という問いかけは常にある。そういうことをすべて了解済みで私達はある種、暴力的にものを書いてきてるんだと。大震災は、ものを書く現実を見つめ直すきっかけになりました」

後藤「書くスピードは、そのままですか?」

西「私は変わりませんでした。差別表現とか、もっと注意せなダメやろうかとか、細かい逡巡はありましたが。ひとつだけ、今後ウソはつかんとこうと決めました。私らの仕事は被災地の人におにぎりを届けたりできない。小説を読んでくれた人にも、きっとたくさん被災された人はいるはず。なのに、私らは普通に生活できているということを、もっとありがたいと思っていたいなと。『生きてるって、ほんまに楽しいんや!』という真実を、ちゃんと書かないといけない。悩んだり余震におびえている時期はありましたが、書くのを中断はしませんでした。後藤さんも、震災後もずっと曲を作ってはったでしょう?」

後藤「僕はミュージシャンの中で、一番早く曲を発表したほうです」

西「そうか。『LOST』ですね」

後藤「その前に『砂の上』を書きました。切迫感というか、いま書かないでどうする、ドキュメントしておかないと、書く側でいる意味がないだろうと。現実がどんなに残酷でも、ミュージシャンはメロディーに残しておかないとダメ。戸惑っている感情を、そのまま曲にしたんです。途方に暮れるのはわかるけど、それでも音を鳴らそうぜという。あのときの曲は、ミュージシャン全体へのエールでもありました」

西「鳴らすのをやめた人もいるでしょうね」

後藤「音を鳴らすこと自体が不謹慎だという空気にもなりましたね。節電で、ライブハウスはほぼ営業中止で、ツアーも全部キャンセル。音楽業界はダイレクトに、お金の動きがストップしたでしょう。地元のスタジオは震災直後に一時、あまりにキャンセルが続いて経営が厳しかったみたいですけど。僕らが借りて、レコーディングで空きを埋めました。3月の末には有志を集めて、震災後初のライブをやりました。音楽は人を集めて何かをやれるのが強みですね。歌詞は、みんなでわいわいしながら書けないですけど (笑) 。音を鳴らすのは、大勢の力でやったほうが力がある」

西「うらやましいです」

|  1  |  2  |  3  | 次のページへ
photo02
西加奈子

西加奈子(にし・かなこ)

1977年テヘラン生まれ。カイロ、大阪で育つ。関西大学法学部卒業。04年『あおい』でデビュー。05年、2作目の『さくら』が社会的ベストセラーとなる。07年『通天閣』で織田作之助賞受賞。他の著書に『きいろいゾウ』『しずく』『こうふく みどりの』『こうふく あかの』『窓の魚』『うつくしい人』『きりこについて』『炎上する君』『白いしるし』『円卓』『地下の鳩』など。共著に『ダイオウイカは知らないでしょう』他。12年、大阪市『咲くやこの花賞』を受賞。

漁港の肉子ちゃん
 (幻冬舎・¥1,470)
 »Amazon