震災を経て、人々の意識が少しでも社会に向いている今。様々な分野で活動する人々の声が集まった、実際に手に取れるメディアを作りたい――「THE FUTURE TIMES」は、そんな思いから生まれた新聞です。どうしたら自分たちの世代、そして若い世代の人たちが色々な問題に目を向けて関心を持ち、新しい“未来”を作っていけるのか。そのヒントを探るため、建築家の谷尻誠さんに編集長・後藤正文が話を伺いました。
後藤「今日は、谷尻さんの設計事務所『SUPPOSE DESIGN OFFICE』の東京オフィスにお邪魔しました。玄関の自転車は谷尻さんの愛車ですか?」
谷尻「東京の街はこれで移動しています。電車のほうが遅いんですもん、待っている時間のほうが長いんで。僕は一見インドアっぽいけど、体育会系なんですよ」
後藤「確かに、ははは。今日は東京オフィスですが、拠点は広島に置かれているんですよね」
谷尻「ええ、基本は事務所のスタッフみんなで広島にいるようにしています。建築の設計というのは、別にどこにいてもできる仕事ですから」
後藤「今回、僕がこの『THE FUTURE TIMES』を発行しようとした動機に、我々の世代で新しい未来像を築いていきたい、と震災の前から思っていたことがあるんです。僕より少し若い人たちは、いわゆる『ロスジェネ』という括られ方をされてきた。そういった扱いに対する憤りは、これまでにもありました。この創刊準備号では、エネルギーについて研究をしている70代の方にも取材したのですが、『若い人たちはもっと怒って、自分たちのエネルギーでものを作っていくべきだ』という言葉をいただきました」
谷尻「羨ましいですね。僕も取材についていきたいくらいです!」
後藤「建築についてあまり僕はくわしくないんですけれど……美術館に行くのはわりと好きなんですよ。以前、安藤忠雄さんが設計した『地中美術館』を訪れたときに『表現としてここまで強いものがあるのか』と建物にびっくりしました」
谷尻「直島(香川県)にある美術館ですね」
後藤「どの美術作品よりも衝撃を受けて、美術館の帰りにごっそりと建築関係の本を買ってきました。音楽って配置が立体的だから、絵画とかよりも建築に近い感じもして」
谷尻「あ、なるほど」
後藤「その後に震災があって、色々と考えながら街を歩いていると、『今までこんなところに明かりが埋め込まれてたんだ』とか、『建物にはいろんな虚飾がついていたんじゃないかな』と気づいた。実は音楽もそうで、今までは足し算、足し算を繰り返してケバケバしいものを作りがちだったんですが、僕たちミュージシャンはある時期から、“引き算で隙を見せていく”という流れを生みつつあります」
谷尻「それは面白い現象です」
後藤「谷尻さんの以前のインタビューを読んで、同じようなことを考えている方だと思ったんですよ。音楽と同様に『これから“建物の未来像”も変わっていくのかな?』という漠然としたイメージがあって、お話を伺いたいなと思ったんです。谷尻さんにとっての“ちょっと未来”の建物って、どんなものでしょうか」
谷尻「自分が今までにやったことがないものなら、必ず『未来』のものになると信じています。これまで美術館を作ったことはないですけれど、何度も作ったことがある人に比べたら、僕のほうが『美術館』という下敷きを持ってない分、きっと新しいものができると思うんです」
谷尻「未来って、新しいものじゃないですか。でも、今の時代はいろんなものが揃っているし、情報もたくさんあるので、そこから組み合わせると、なんとなく新しい感じのものができてしまう。建築の世界でも、建物を建てたら『じゃ、どこのメーカーの家具にしよう?』と選ぶのが普通になってるんです。昔の建築家は、できあがった空間にはこの家具じゃないとダメなんだ、と自分で作ったから新しいものが生まれました。現代はコピー&ペーストが当たり前になっている社会だけれど、そこはいつもマズイなぁと感じていますね」
後藤「建築の場合は、どうしたら新しいものができるんでしょうね」
谷尻「最近僕が見つけたやり方は、“名前をなくす”ことです。たとえば“コップ“は液体を入れて飲むことに使う道具ですが、それ以上のものではありません。でもその名前を取ってしまえば、花瓶やペン立てに使おうとか、金魚を飼おうとか、積み上げて建物を作っちゃおうとか、自由な発想が出てくる。すると結構いろんな使い方が想像できて面白いんですよ。レールが引かれている今の世の中ではすべてのものに名前が付いていて、それが使い方を規定しています。だから、いったん名前を外して『これって何をするものだろう?』と向き合うことにしたんです」
後藤「そのくらいの価値観のひっくり返し方で、物事を一回ゼロにしないといけないな、とは僕も思いますね」
谷尻「こっちですよ、と指し示されているものからどうやって逸脱するか。それを一生懸命に考えています。たとえば『カフェを作ってください』と注文されると、途端に“カフェ”という名前が僕を支配するんですよ。カフェは普段から知っている場所だし、ある程度のものは誰でも作れちゃうんですよね」
後藤「うーん、そうか」
谷尻「でも、『カフェって何をする所だろう?』とちゃんと考えてみます。『会話が弾むほうがいいな』とか『いや本当はヒソヒソ話をする所かな』とか『美味しいコーヒーが飲める場所だな』とか『キッチンからいい香りがしてくるといいな』とか…… 『だったら、どういう空間がいいのだろう?』と考えるほうが、本来は正しいはずなんです」
後藤「僕らもあまりに“新聞”と言っちゃうと、文字どおりの新聞になっちゃうかもしれないな」
谷尻「たとえば“保育園”という場所は、過去にその名前が付いた瞬間があるわけでしょう。『その名前がなかった頃はどういう状態だったのかな』、そう考えるだけでワクワクしませんか? 歴史をさかのぼって保育園の始まりについて調べることだって、未来に向かっていると思うんです」
後藤「その視点はとても勉強になります!」
谷尻「名前がないと何をやっているかわからないし、どこへ行ったらいいかもわからないから、本当はすごく難しいんですよ。逆に、新しく名前を付けると『それになる』という面白さもあります。家ができあがってポストをどうしようかとなったときに、ただのワイン箱に『POST』と書いて置けば、きっと郵便物が入るはず。名前には、物事を変換できる強さもあるんです。“取ること”と“付けること”、どっちにも面白さはあるんじゃないでしょうか」
谷尻誠(たにじり・まこと)
1974年広島生まれ。建築設計事務所「SUPPOSE DESIGN OFFICE」代表。広島と東京を拠点に、数々の住宅や商空間、展示会場などに関する企画・設計、ランドスケープやインテリアのデザイン等を手がける。代表作は、毘沙門の家、豊前の家、他多数。09年JCDデザインアワード銀賞ほか国内外で受賞多数。近著に「よりみちパン!セ」シリーズから『一歩手前の建築』(仮)が予定されている。特技は建築とバスケットボール。