HOME < 今泉亮平さん(再生可能エネルギー推進協会理事)

今泉亮平さん×後藤正文

震災を経て、人々の意識が社会に向いている今。様々な分野で活動する人々の声が集まった、実際に手に取れるメディアを作りたい——「THE FUTURE TIMES」は、そんな思いから生まれた新聞です。日々、注目が高まりつつあるエネルギーの問題。今回は、実際にバイオガスプラント事業にも携わっている再生可能エネルギー推進協会理事の今泉さんに、エネルギー産業の実情と未来について伺いました。

構成/文:後藤正文 イラスト:新見文

sub01

今泉「日本が他国に比べてエネルギー問題に遅れを取っていることに関して、言えることのひとつは国民の意識が低いということですね。無批判に原発を受け入れてきたということもありますし。結局、今の日本の情勢は悲観的な面が多いですけど、20代30代の方々が、産まれたときから“失われた10年”と言われて、不景気が続いてデフレや就職難だと言われ、財政が傾いて。今は、年金ももらえるかわからない、加えて放射能の問題まで浮上してきてしまった。それを今の若い人に押し付けようとしている状況。だから、もっと若い方々には怒ってほしいと思っていて。我々に責任があるんですよ。50代以上の我々は享受してきわけです。右上がりの景気の良い時代を過ごしてきて、その先のことを考えないで、こういう時代を招いてしまった。これから日本を背負っていく世代の方々には、もっと真剣に政治にも取り組んでもらって、これから日本を変えていくんだっていう気概を持って欲しいと思うんです」

後藤「僕も同じように思っていて。どうして就職先がないことに怒りを覚えないんだろうとか。これは、明らかにシステムが疲弊して自分達の世代にしわ寄せが来ているのは間違いないから、変えていこうって気持ちがなかったら本当にダメだろうって何年も前から思っているんですけど。僕は、原発に関しても、2年くらい前から関心があって。きっかけは六ヶ所村(核燃料再処理施設)だったんですけど。捨てる場所が決まっていないモノがどんどん貯まっていく危険性とか。結局、僕らより若い世代に無言で押付けているようなものだから、もう少し在り方を考えないといけないと思っていて」

今泉「私の場合は、商売、仕事としてエネルギーの問題に取り組んだのが最初で。私は昔繊維の仕事をしていたんです。今から20年くらい前にユニクロが出てきて、これはもう敵わないってことになって。私も若かったですから、なにかで食べていかなきゃならないって思ってたときに、ドイツの繊維機械の会社のグループに環境エネルギーの会社があったんです。それで、将来その分野は伸びるかもしれないと思って、動機は不順なんですが一攫千金を夢見て環境エネルギーの仕事に就いたんです。それで、ドイツにも頻繁に行くことになって、日本と違うなと思うわけです。何が違うかっていうと国民の意識が違うんです。そのころからドイツは、原子力についてもゴミの分別から再利用についても、意識が高かったんです。私は、そういう形で環境問題に少しずつ関心を持っていきました」

後藤「ドイツは日本に比べてどれくらい進んでいると感じますか?」

今泉「世界ではドイツが一番進んでいると言われていますね。極端に言えば、日本の10年くらい先に行っている感じがしますね。日本でもあの地震があった3月11日の午前中に再生可能エネルギーの全量固定価格買取制度が閣議決定され、やっと始まりそうなんです。電力会社が風力とかソーラーで発電された電気を固定価格で買い取ってくれるという制度です。細かいことはまだわかっていないのですが」

後藤「なるほど」

今泉「電力会社は日本で10社あるんですけど、独占でしょ。だから、小さな発電者がたくさんできることは面白くないんですよ、独占を犯されることに対して。再生可能エネルギーを完全に否定する側に入ってしまうんですよ。“原子力が一番安い”と言われていますが、実際は安くないんですよ。要するに、“再生可能エネルギーは高いんですよ”と、偽ってお役人や業者が値段を出しているんです。それで一般の人に、“再生可能エネルギーはとても高くて採算が合わないんです。これを採用すれば、みなさんに負担がかかるんですよ”と、言い続けてきたんです」

後藤「今泉さんが事業をやってきた実感としても、そんなことはなくて安いという感じですか?」

今泉「そりゃ安いですよ。特に私がやっているバイオガスというのは、原料は廃棄物なんですよ。廃棄物っていうのは、処理するときにお金がもらえるんですよ。普通は石油を買って発電するじゃないですか? ところが、我々の場合は逆にお金をもらえるわけです。生ゴミでも家畜糞尿でも処分するのに困るものを、1トン1万円くらいで引き取って、それを使って発電するんです」

後藤「なるほど」

今泉「ところが、そんなに良い技術なのに日本では全然普及しないんです」

後藤「僕は今回初めてそういう事業をされている方にお会いして話を聞いたので、ちょっと驚いています」

今泉「どうして、こういう儲かるシステムをみんなが知らないんだろうと。国民一般の認識が非常に低いことを感じて、これはNPOか何かで啓蒙活動をしなければいけないと思ったんです。それで5年前から、『再生可能エネルギー推進協会』っていうのを、何人かの友人でスタートさせたんです。ところが、我々は小さい団体だし声がなかなか届かない。5年前は今よりももっと国民の意識もそちらに向いてなかったですから。“再生可能エネルギー”って言葉すら、行き届いてなかったんですから。“再生可能エネルギー”っていうのは、国際的な概念なんですね。日本では“ソフトエネルギー”とか、“新エネルギー”とか、いろいろと言い方はあるんですが、定義をしないと物事が進まないので、それでヨーロッパでは何回も繰り返し使える、再生が可能だということで、“再生可能エネルギー”となったんです。“renewable energy”というんですけど、これが共通の用語になっているんです。日本はなかなか政府が使わせようとしなかったです。“renewable energy”を訳せば、“新エネルギー”にはならないですから。“renewable energy”ってことは、水力にしても風力しろ太陽光にしろ、私から言わせれば“新エネルギー”ではなくて“旧エネルギー”なんです」

後藤「どういうことですか?」

今泉「人間の歴史が始まって古来から使っていたエネルギーはそれだけなんです。木を切ったり藁を燃やして火を起したり。だから、そういうエネルギーを使うってことは、人間の文化ってことから捉えても理にかなっているわけです。繰り返し使われてきて、地球の環境が保たれてきたわけですから。ところが、石炭や石油を掘り出して、それを燃やすことによって二酸化炭素が増えていった。温暖化には様々な異論がありますけど、気候変動っていうのはある程度否定できない事実でしょう。これは、明らかに人間の科学に対する傲慢さというか。日本は経済大国と言われ、発展することが正義だと言われ続け、そこに異論を唱える人がいたとしたら“お前が何を言っているんだ”と言われてしまう。ところが、バブルが弾け失われた10年くらいから、どうもこれはおかしいと考える人もぼちぼち出てきたんですね。“給料が上がることが、生活が便利になることだけが、本当に幸せなのか”と。でも今でも日本人の7、8割の人が成長妄想というか、成長して国が発展していかなければならないと思っているじゃないですか」

後藤「本当に僕もそう思いますね。資本主義経済がある種の疲弊というか、矛盾というのが露になってきていて。そういうこともずっと考えていたので」

photo01
今泉亮平

今泉亮平(いまいずみ•りょうへい)

1941年東京生まれ。戦災の残る東京で幼少年期、復興期に高校、大学を過ごし、高度経済成長期に就職。40歳で独立しドイツ企業の代理店業務をスタート。90年に廃棄物処理プラントに関わり、95年にバイオガスプラント業務をスタート。石油文明隆盛の中で生き、その贖罪として余生を再生可能エネルギーの普及を願い友人たちと2006年にNPOを立ち上げ活動中。孫が成人する頃の100%自然エネルギーの社会を夢見る。
twitter