HOME < 繋がることと未来――“知ること”。その積み重ねが優しさに

繋がることと未来―“知ること”。その積み重ねが優しさに

シンガー・ソングライターでありエッセイスト。ビッグイシューサポートライブ「りんりんふぇす」を主催する寺尾紗穂。“隣人の人生や考え方を知れば、他人に対する優しさや想像力が生まれる”と考える“知ること”の意味とは――。

取材・文:尹雄大/撮影:中川有紀子

怒りを上回る悲しみがあるから

img001

後藤「僕が初めて聴いた寺尾さんの曲は『ハネタはねた』でした。“人をはねました、思いっきり ハネ飛ばした”なんて、すごいことを歌にするなと思いました」

寺尾「歌詞はダースレイダーさんで、彼の実体験なんです。歌っていて不謹慎だと怒られることもありますよ」

後藤「そういう鋭利なところがあるかと思うと、『楕円の夢』のような優しさが同居している。そこがおもしろいです。 『楕円の夢』のプロモーション・ビデオにはホームレスや元ホームレスの人たちのダンスグループ『ソケリッサ!』が出演していますよね。とてもすてきな踊りだと思いました」

寺尾「彼らと全国ツアーで一緒にまわったのですが、おおむね女性からはどの年代でも“わぁ、いいね”という声が聞かれました。男性も若い人だと反応はけっこういいのですが、中高年になると“おじさんの踊りはいらない”とアンケートで書いている人もいます。“踊りとはこうあるべきもの”とか“このくらいのレベルでは踊りとはいえない”といった思い込みがある人には受け入れられないようです」

後藤「かちっとした評価の基準がある人たちの前では、“こんなもの”扱いになるんですね。僕はすごく自由でいいなと思いました。寺尾さんは『楕円の夢』で感じるようないたわりと、素通りできないことを取り上げる厳しい目を持っているのだなと感じました」

寺尾「根底には怒りがあるのだと思います。『ハネタはねた』については、“人をはねた”ことを歌うときは、人をはねたのに人ではない扱いをされていることへの怒りを感じます。もっといえば、怒りを上回る悲しみが大いにあるように感じます」

img001

後藤「なるほど。僕も参加した『りんりんふぇす』への寺尾さんの関わりを見てて、“ウディ・ガスリーみたいだな”と思いました。団結せよ!というよりはもっとゆるやかな形で支援しているように見えます。それに執筆された『原発労働者』『南洋と私』もそうですけれど、僕が『THE FUTURE TIMES』でやろうとしていることに似ているような気がして、だからシンパシーを感じます。名もなきひとりひとりの個人の声に耳を傾けようとしているといいますか。どういう思いでやっているのか興味があります。そこでうかがいたいのは、震災前から原発労働者の声を拾い始めていたのはどうしてですか?ということです」

寺尾「2009年の年末あたりに“そういえば原発で働くと被曝すると聞いたことがある気がするけれど本当かな”と急に疑問に思ったことがきっかけです。そこでもう亡くなっている労働者の手記を読んだのですが、書かれていた労働の実態はとても酷いものでした。そこから写真家の樋口健二さんの 『闇に消される原発被曝者』を読み始めて、とても大きな衝撃を受けました。ただ、そこに書かれていたのは1980年代までの話で、その後の実態について知りたいと思っても、特に労働者の声を聞く仕事をしている人が見当たらない。こういう仕事を継がなければいけないなと思ったのです。おこがましい話ですが、できるだけ近いことをやっていきたいです」

後藤「それはすごいことです。本を読んで衝撃を受けたとお話でしたが、僕は平凡社ライブラリー『日本残酷物語』全巻を読んで驚愕したことがあります。いわゆる教科書には太文字の出来事が書かれています。たとえば“江戸時代は文化が花開き、平和だった”みたいな内容です。でも、民衆から見たら、暮らしには飢饉があり無残さがあった。そういう暮らしのかたちと近代に入ってからの搾取は繋がっているわけです。『日本残酷物語』は、俯瞰した視点ではなく一人ひとりの話として書かれており、そのことで歴史に対する見落しがたくさんあるのだと知りました。とは言え、いざ自分が一人ひとりの話を聞こうとすると、なかなかたいへんでした。『THE FUTURE TIMES』の0号で福島の人たちの話をなるべく多く聞きたいと、インタビューを行ったのですが、めちゃくちゃ難しかった。インタビューされることになれていない人は話法が違って順序立てないで話す。思い出したときに思い出したことを話すのです。その場では会話は成り立っているように思っていても、いざ文章にすると意味が通らなかったり、破綻していたりします。そういうことも含めておもしろい体験でした。なおのこと寺尾さんやひとりひとりの声を拾う民俗学者の聞き取りはすごく精度の高い編集を行っているのだと関心しました」

img001

寺尾「いや、私が会った人たちはある程度話せる人達だったので、前後を入れ替えて道筋をつけるといったようないじり方はしていないですよ」

後藤「いじるというよりは、会話の中からどこを引く抜くかが難しいです。それだけにすごいなと思うのですが、そうしていろんな人の聞き取りを行おうとする気持ちの源泉にあるのはなんでしょう。告発でしょうか。そこまで厳しいニュアンスではないのかもしれませんが」

寺尾「事実を見極めたいという好奇心でしょう」

後藤「素通りできない感じ?」

寺尾「そうですね」

後藤「原発労働では人が人としての扱いを受けていない。『南洋と私』でも現地のコミュニティー内の分断であったり、内地と沖縄、朝鮮といったヒエラルキーがつくられていく。そういうことへの見過ごせなさ、怒りを感じていらっしゃるように思います」

寺尾「怒りを抱くのはもちろん重要なことですし、それをエンジンにして進むのも必要でしょうね。けれども、原発労働についえ言えば、知れば知るほど身動きとれないわけです。三次請けくらいまではけっこう大きな企業が入っています。それが四次から七次になると、いわき市内の『ひとり親方』が順番で“この前は俺が四次やったから今回は六次でいいよ”といった譲り合いで仕事を回しているようです。それほどまでに生活の中にガチっと組み込まれている労働のあり方をどう崩していくのか。ひょっとしたら、そういうのは炭鉱労働の時代から続いていることかもしれません。それを考えると怒りよりは無力感を覚えます。でも、できることからやらないといけないだろうなと思っています」

後藤「簡単に解けない重い内容ですね。上野英信さんの『追われゆく坑夫たち』を読んだことがあります。かつて炭鉱で行われていたような酷い労働というのは形を変えていまなおあるんだと思います。たとえば契約社員の問題もそうです。にもかかわらず、“稼げていないのは自己責任で、システムには何の問題もない。だから金を持っていないほうが悪い”と思い込んでいる人がすごく多い。僕には“お金のない奴は門前払い”といったことへの憤りが昔からあります。“どうしてあいつの家はビックリマンチョコを箱買いしているんだ”といったルサンチマンはさておき、です。門前払いでいうと、お金がないと学ぶ機会が与えられないなんておかしいですよね。完全に社会的な損失だし、何よりフェアじゃない」

寺尾「小泉政権でいろんなものが崩れていったと思います。私が都立大学(現・首都大学東京)にいたときは、まだ夜間部がありました。安い学費で学べるので、全国から貧しい学生が集まってきていました。それが後に廃止されました。東京都の言い分としては“勤労学生が減ったから”です。勤労学生とは正社員として働きながら通う学生のことです。正社員が減っている実情があるのに、それを口実に取りやめてしてしまった。同時期に給付型の奨学金もなくなり全部貸与になりました。学ぶためには借金を抱えるしかなくなったわけです」

後藤「僕も奨学金を借りていました。返済はほんとうにしんどいですよ。卒業後、小さな出版社に就職して正社員として働いていたので、ボーナスを使って払う選択をしたのですが、こういうことを20年もやるのかと思ったら、肋肉をそぎ落とされる感じがしましたね。ななかなかの借金の額ですよ、あれは」

寺尾「アメリカでもそういう学生が増えて、困って軍隊へ行くといった話を聞きます」

後藤「僕が就職した理由は、バンドを続けるために正社員とフリーターならどっちがいいかと考えた結果です。時給1000円のバイトでも、バンドの機材費やスタジオ代、奨学金を払いながらでは暮らしていけない。だったら就職してアフターファイブを使うしかないと思った。でも、いまや正社員を選ぶこと自体が難しい。僕の世代はロスジェネレーションといわれて、求人と言えばパチンコやコンビニの幹部募集がほとんどでした。応募したらものすごいハードな研修合宿が待ち受けていて、うちのドラムがコンビニの幹部募集に応募したものの、帰ってきたと言っていました。あと、ギターは業務用冷蔵庫の会社に入ったんです。面接に遅刻したものだから、「絶対にダメだろ」とみんなでげらげら笑っていたら受かっていた。やっぱりそういうことがあっても受かるのはワケありなんですよ。朝から晩まで働いて、僕から見たらなかなか厳しいノルマを課せられていました。ところが妙な忠誠心がいきなり彼の中に育ち始めるんです。これからインディーズでCDが出るというタイミングなのに、“バンドをやめたい”と言いだした」

寺尾「きっと営業成績がよかったんですね」

後藤「そうかもしれません。その頃の彼は勤務先の店長の話をよくしていました。店長といっても30に届かない年齢で、そこまで若いのは前任者たちの多くが体を壊してやめていくからなのかもしれません。日本的な忠誠心をうまく利用して抜けられなくする仕事というのは、たくさんあるだろうと思います」

cover
暮らしかた冒険家

寺尾紗穂(てらお・さほ)

1981年11月7日生まれ。東京都出身。大学時代に結成したバンドでボーカル、作詞作曲を務める傍ら、弾き語り活動を開始。2007年ピアノ弾き語りのメジャーデビュー・アルバム『御身』が話題になり、坂本龍一や大貫妙子らから賛辞が寄せられる。大林宣彦監督作品『転校生 さよならあなた』、安藤桃子監督作品『0.5ミリ』(安藤サクラ主演)に主題歌を提供。2009年よりビッグイシューサポートライブ『りんりんふぇす』を主催。著書に『評伝 川島芳子』(文春新書)『愛し、日々』(天然文庫)『原発労働者』(講談社現代新書)『南洋と私』(リトルモア)がある。