HOME < スイッチと未来

スイッチと未来 -音楽の普遍的な力を信じたい

生きることはつらいことも悲しいこともいっぱいだ。でも、生きていないと出会えない喜びもたくさんある。そうした喜びを見出すために、考え方のスイッチを変えたい。僧侶としても活動するシンガーが発する力強いメッセージ。

構成・文:神吉弘邦/撮影:中川有紀子

終わる命を生きているから

二階堂「前から後藤さんの話はいろんな人から聞いていて。『メリシャカ』のメンバーは“後藤さんはとても考えているんだよ、スゴいんだよー”と。2015年は釈徹宗先生にもお会いする機会があって、これまで音楽は聴いてなかったけど、今はアジカン聴いてるって」

後藤「釈先生、取材(鼎談:贈与とお布施とグローバル資本主義)の後に車で送っていただいたときにも、ずっと車内でアジカンの曲がかかっていて。シングルなので、ずっと同じ曲が流れていて恐縮しました(笑)」

二階堂「私の曲もそんなところに入れてもらったようで、二人の曲がずっと流れているみたい(笑)」

後藤「最近は仏教の考え方に影響を受けているんですよ。釈先生から聞いた『執着(しゅうじゃく)』の話とか。ソロ名義の初アルバムは『Can't Be Forever Young (キャント・ビー・フォーエバー・ヤング)』というタイトルで出したんです。以前、二階堂さんもインタビューの中で『終わる命を生きている』と言うことを仰っていたじゃないですか。その感覚が分かるようになりました」

二階堂「このアルバムの表紙になっている美容院、実際にあるんですか?」

後藤「撮影の許可を得るのはなかなか大変で……撮影交渉のためにマネージャーが通って、だいぶ短くカットしていました(笑)」

二階堂「それは大変だ(笑)」

後藤「広島に友達が昔からいて、ニカさんの『にじみ』は素晴らしいと言っていたから、そのときに僕は買わせてもらったんです」

何ごとも制約があって進む

——現在のお住まいは「女はつらいよ」のMV(ミュージックビデオ)で撮影された場所なんですよね。どういう土地なんですか?

二階堂「山口県と川を挟んで隣り合ってる大竹という街です。うちはその県境の小瀬川の河口付近。川ですけど満ち引きしますよ。あのビデオも家から歩いて1分のなんの変哲もない川沿いの風景なんですが、見てくださった方に実家に帰りたくなったと言ってもらえるようです」

二階堂和美「女はつらいよ」(監督:伊藤ガビン、カメラ:新津保建秀)

二階堂「川上から風が吹けば森林浴のような緑の香りがするし、川下から吹けば少し工場地帯の匂いがするような。ローカルだけど、いわゆる田舎ってことでもない、とりたてて観光業もない、日本の地方市町村によくある感じです。2014年に、市政60周年のイメージソングを作らせていただいたんですが、その時いろいろ調べてたら、街が発展したのは石油コンビナートを誘致したからなんですね。こだま号しか止まらないけど新幹線の駅にも、岩国の錦帯橋空港にも15分くらいで行けるので、交通の便はいいんですけどね、あまり若い人の移住の対象としては選ばれないみたい」

後藤「地方都市への移住って、工業で発展したところへ行きたいとはならないですよね」

二階堂「私は実家がそこにあるからで、自ら選んだわけでないですからね。でもどこでも好きなところへ行っていいと言われたら、優柔不断で選べないと思います。何ごとも制約があってようやく進むという感じで。でもその、市のイメージソングを作るプロジェクトはすごく面白かったです。地元の吹奏楽といっしょに、スタジオもないから母校の小学校の音楽室で録音したりとか。その後も市のお祭りとかでよく歌ってますよ。小学生も歌ってくれて。スーパーのお総菜売り場で一日中流れてたり、最近は振付がついて、お年寄りが体操してくれてるらしい」

cover
暮らしかた冒険家

二階堂和美(にかいどう・かずみ)

1974年、広島県生まれ。1997年からシンガーソングライターとしての活動を開始。これまでに単独作として12作品を発表。2011年発表のオリジナル・アルバム『にじみ』は全曲を作詞作曲し、それまでの活動の集大成ともいえる作品となった。2013年公開のスタジオジブリ映画『かぐや姫の物語』(監督:高畑勲)の主題歌『いのちの記憶』を書き下ろし、話題に。2015年、RCC中国放送が展開する「被爆70年プロジェクト『未来へ』」のテーマソングとして書いた『伝える花』をシングルでリリース。著書に『しゃべったり書いたり』。浄土真宗の僧侶でもある。