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開拓する生活の選択肢

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『暮らしかた冒険家』としてみずからの暮らしぶりや、家のこと、食べ物のことをウェブを中心に発信するウェブデベロッパーの池田秀紀さんと写真家の伊藤菜衣子夫妻。現在は札幌から、暮らしに関するさまざまな発信をするおふたりを訪ね、暮らしを作ること、これからの未来について話をしてきました。今回は後編です。

構成:鈴木絵美里/撮影:大橋泰之、暮らしかた冒険家

技術の尊さもDIYするからこそわかる

後藤「やってみて初めて、左官屋さんの技術に驚くでしょう? そういう気付きもすごく大事な気がする。なるほど、こういう職能に対して自分はお金を払っていたんだな、という」

菜衣子「そうなんです! ペンキ塗るみたいにすいすい塗ってるのに!てね。だからもう感動して褒めるポイントとかが変わってきていて。そうすると、左官屋さんも喜んでくれますよね」

池田「すべての仕事がブラックボックスになっちゃってて、美味しい野菜を作るのがどれだけ大変な苦労があるかって、自分で作ってみないとわからない。あまりにも僕たちそういう仕事に無関心に来すぎたというか、知らなすぎたんだな……ということがいろいろわかってきて。あらゆるものって誰かの仕事なわけで。そういう仕事に囲まれているにも関わらず全然知らなかった。やっぱりそこが、ちょっとバランス悪いなと思って」

後藤「そうだよね」

菜衣子「なんか、意外にやったら自分たちでできちゃうこともあるんですよ。なんだーみたいな。それを今ある種、取捨選択しているところです。そのやってみて選ぶということが、暮らしかた冒険家の最たる業務だと思うんですよね。やって“これが私たちの手には負えませんでした”みたいなことを明確にする。北の国からの黒板五郎は、その山にぶつかっても突破すると思うんですよ、自分で(笑)。でも私たちは“…よし、お金で解決しよう!”っていうのが結構あったり」

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後藤「おもしろい(笑)! いや、でも大事だと思う。 “ああ、これがプロの仕事だわ!” という、それを10年なり20年なりやってきた人じゃないとできないことがあるから」

菜衣子「すみませんでした!! って思うことがよくある(笑)」

池田「音楽とリスナーの関係とか、それに近いもの結構あるかなと思います。“ああもう、こんな音楽作れない……” みたいなのってわかりやすいじゃないですか。でもそれが、他の分野ってそこまで顕著じゃないっていうか」

後藤「手にする側も作られる過程を想像しないで、とにかく“早く・安く”っていう圧で買い叩くような感じはあるよね」

菜衣子「自分たちでやれば “いやー それは安く早くは無理ですね” ってこともわかるようになる」

後藤「家を建てるのって時間かかるんだ、とかね。本当に、方眼紙みたいに、暮らしかたとかも食べ物とかも全部真四角ですよって思わされていたのが、そうじゃないんだっていう当たり前の価値観を、ふたりがもう一度、こうしていろいろ探しながら示してるんですね」

生活を編み直し、物技を交換する新しい“生活”をうみ出すこと

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菜衣子「私たちのナリワイはインターネットだという部分も大きくて。商業を円滑にするための、お金を稼ぐためのインターネットのほうが今、使われがちだけど、そうではなく“暮らしを豊かにするための直接的なインターネットの使い方”についてよく考えています。まあだから(北の国からの黒板)五郎との決定的な違いはそこだと思うんだけども、情報革命のなかで、なんかもっと直接できることがあるんじゃないかと常々思っていて。“地方移住とインターネット”というときに、私たちは、インターネットを使ってお金を稼いで地方で暮らして行くっていうんではなくて、“インターネットを使って豊かに暮らして行く”ことを実験している。“お金”のところを取っちゃった使い方をしてるのかなあっていう」

池田「それでいうと、僕らは “彼らはお金を使わずに生きている人です” と紹介されがちなんだけど、実際は、お金を使っているわけじゃないですか。でも、お金を使わなくても交換できるもの、手に入るものがあるって、熊本でのいろいろな体験を経て気付いたんですよね。一生分の野菜を、農家さんのWEBを作ることと交換する、とか。今までいちいちお金に変えて交換していたものだったけれど、そうじゃない交換があるんだとわかって。昔はそもそもそういう直接交換するようなやり方だったはず。だから“生きるためにお金を稼ぐ”というより、生きるためのものが直接手に入る方法があるんだったら、それはおもしろいなあと思って」

菜衣子「教授(坂本龍一さん)は、物技(ぶつわざ)交換が一番おもしろい、すっごいクリエイティブだって言っていたよね」

池田「言っていたね。貨幣を使わない、というか」

菜衣子「一方、2014年現在から見てあと数十年は、お金が全く必要の無い人になっちゃうと、恐らく自分たちの技術力が下がるだろうとも思ってる。ネットは特に流れも早くて『ある程度稼がなきゃ』という負荷が無いと面白いものを作ろうとは思わないし。それは筋トレみたいなものだから、クライアントワークをきちんと出せるようにしたい。技術力が無くなったら終わりだな、って思っていて」

池田「あとは…自分たちでやりすぎない、ということをバランスとしてすごく気をつけて。僕はそんなマッチョじゃないから、そもそもすべてのことをそんな器用にこなせはしないけれど(笑)、もしそれをできてしまったら、自分ひとりで全部やっちゃう。そうすると他人がいらなくなっちゃう。たとえば、仙人みたいな暮らしではどんどん閉じていってしまう。そうすると社会とか他者からどんどん頼られなくなってくるっていう。それが怖いなあ、みたいなことをよく話していて。DIYで僕らできることもどんどん増やしていくけれど、でもやっぱり頼られ続けたいっていうか」

菜衣子「私たちのミッションともいえる“広告”とは逆のことになっちゃう」

後藤「完全に社会のグリッドから外れるんじゃなくて、どのくらいの体重なのかわからないけど、片足は残しておきたいよね」

池田「以前に後藤さんにも登場してもらったOFF-GRID LIFE(http://wataden.org)も、“グリッドから外れる”というよりは、繋がりを繋ぎ変えていく、新たな繋がりを作る、といった考え方で媒体をやっているんですよね。僕らはそういうことに興味があって。完全にドロップアウトするということではまったくない」

後藤「 “グリッド”って考え方自体がそもそもグリッド的な気がする。なんか“こっちが正解の四角を表すラインです”って言われているような気がして。だからなんかもうちょっと違う何かいい言葉があるといいなあ…」

池田「確かに。繋がり方が少しおかしかったりとか、一瞬でなくなってしまうようなものに繋がっていたりとかしないかをちゃんと確認できたらいいな、と」

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後藤「今から10年先、あるいは20年先のことを思い浮かべてくださいと言ったら、どんなことを思い浮かべますか? これから生まれてくる息子さんが二十歳になったとき。たぶん、いい風景と悪い風景が思い浮かぶかもしれないんですけど」

池田「日本の人口はまだ1億人きっていないだろうけれど、空き家とかも増えてきてる頃で」

菜衣子「家に関しては、選び放題だね(笑)」

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ふたりがつくったhey,Sapporo未来予想図

池田「僕らのテーマは“ないものねだりから、あるものみっけの暮らしかた”。それこそ人口が減れば空き家が増える。ならばその空き家に自分たちで手を加えることができるならどこでも住めるはずだねと話していて。一方で、今まで当たり前にあったものがこの先、徐々に無くなっていく可能性もある。たとえば、水道などのインフラの老朽化問題。30〜40年くらいで耐久年数が経過して交換していかなきゃいけない、でも税収も下がっていくなかで今まで通りのものを維持する工事はもうできないのでは、とか。だからそこへ向けてどういう暮らしができるかなと考えながら、今から準備しておいたほうがいいんだろうと思うんです。僕らもこういう形でオフグリッドについては少しずつ実験し続けて、今、野菜は結構オフグリッドできてきていて、スーパーとかで買うことは夏はほとんどなくなって」

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ふたりが関わる畑の自給プロジェクトも始まっている

菜衣子「まだまだ野菜の話だけだけどね? ちなみに冬はまだ今の状態ではアウト」

池田「この先10〜20年というところでいうと、なんとなくこのインターネットができてから今までの10〜15年って、情報がどんどん民主化されて、ソーシャルネットワークとかもでてきて、すごくいろんな可能性を感じてきたから、このポジティブな面がどんどん広がっていけばいいなと思ってました。でも一方でグローバライゼーションや、国家の力がどんどん強くなって警察化していったりとか。嫌な時代にまたなってしまうのかなあという空気を感じるじゃないですか。そうはなってほしくないなあというのが一番の想いですね。このまま暗黒時代みたいになっちゃうのは嫌だな。この子が成人したときに戦地に立っている、みたいなことはやっぱりいちばん嫌だなあとか。結構リアリティありますね。そのために今ぼくたちが何ができるかという…ところかと。なので僕たちは、大上段に構えるというよりはやっぱり地道に、新しい暮らしを探っていくしか…」

後藤「暮らし方が変わると社会が変わると思いますか?」

池田「そう思って僕たちは…やっていますね。一番おもしろいのは、僕なんか大学生の頃、ほんの10年ちょっと前とかは、ベンチャーブームなんかに憧れたりもしてグローバリズム方向だったんだけれど、今もう全然違うところにいるわけです。今でこそ僕がすごく豊かって思っている暮らしも全然そうは思っていなかった。それくらい人って変わる。ちょっとしたきっかけで、あるいはひとつひとつのそういったものが積み重なってきてどんどん変わって行くのは、僕自身実感としてあるから」

菜衣子「4年前はお財布から牛丼チェーンの領収証しか出てきませんでしたから!」

後藤「(笑)あれでしょ、牛丼はコストパフォーマンスがいいってことでしょ。ダーって食べて、仕事にも早く戻れるっていうね」

池田「そう、これ食っときゃ満足。コンビニとか超いい、って。『コンビニだったらどこどこがいいよ』とか(笑)。でもこのまま行ったら身体壊すんじゃないかって思い始めたり。あるいはお金がちょっとできてきたら、生物的に充たされるだけでなく、もっと美味しいものとか、食べたいものって何だろう、とか。段々そういう風に変わってきた。ひとつひとつはちょっとしたきっかけでしかないんですけどね。…だから僕が変わったっていうことが一番の希望かな」

一同「笑」

後藤「なるほどね。そしたらこの先もまずは自分が変わってみせることで、世の中に変わる様を見せていくってこと?」

菜衣子「でも極端に変わるからなあ…」

池田「カラコンとか入ってる時代がありましたからね。黒歴史ですね」

菜衣子「ジョニー(池田さん)の黒歴史は凄いからなあ」

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池田「あれ、やってませんでした?」

後藤「カラーコンタクトしようとは思わなかったなあ(笑)。おもしろいエピソードですね。でも、“暮らし方や繋がり方、集い方などが変わると社会って変わるんだよ” ってことや、そういうところに可能性があるんだ!って気付いてもらうことはすごくタフなことだと思うんです。『とはいえさ、あの人たちはさあ、ああいう仕事してるからできるんだよ』みたいに言われると思うんですけど。それに対する反論ってあります? 」

菜衣子「うーん。でもスタートギャル男だし(笑)!」

後藤「そう、それすごい説得力あるし希望だね。ギャル男が“現代の五郎”になったってことでしょ? だから倉本聰の『北の国から』観て涙を流してる人ほど、そういうの始めたらいいのにね。“楽しかった”ってエンターテインメントで消費しないで」

菜衣子「倉本聰さんが以前に『北の国から』は糖衣錠だからって話をされてて。戦時中に、お菓子は送れなかったけど、薬は送れて。あのまわりの甘い砂糖を食べたくって薬を送ってもらっていたという話。『北の国から』もあれは薬なんだけれど“エンタメ”という砂糖をまぶしているんだよ、と」

後藤「バイオマスも随分前の回に登場しますもんね」

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暮らしかた冒険家

暮らしかた冒険家

夫の池田秀紀、妻の伊藤菜衣子による主にウェブサイトを使った地域共同体づくりをなりわいにする夫婦会社。高品質低空飛行生活をモットーに結婚式や新婚旅行、住居などの「これからのあたりまえ」を模索中。『100万人のキャンドルナイト』、坂本龍一のソーシャルプロジェクトなどムーブメントのためのwhブサイトやメインビジュアル制作、ソーシャルメディアを使った広告展開などを手掛ける。2014年11月長男誕生。あらたな冒険がはじまっている。
オフィシャルサイト:http://meoto.co/