会場までは10分位で着いた。料金を支払ってタクシーを降りると、さっきまでのデモが無かったかのような、普通の時間が流れている。近くの広場ではメンズアイドルグループの握手会が行われていた。
リハーサルの時間が押していた。どうやらここにもデモの影響が出ている様子だった。コーディネーターの方もデモに興味があるようで、どうしても仕事で行けずに残念がっていた。バンドのみんなもデモには興味津々だった。
会場の外に出るとオープン前だというのに既に大勢の人たちが待っていた。物販コーナーにも長蛇の列が出来ている。デモに参加したであろう出で立ちの若い子たちを何人も見かけた。デモは19時位までやると聞いていたけれど、途中で離脱して来たのだろう。
ライブが始まった。大歓声が客席から湧き上がる。メンバーが気づかって、客席にデモの話題を持ちかける。「デモに参加しなきゃいけないのに、僕達のライブに来てくれてありがとう」。歓声と大きな拍手。
アーティストからの言葉というものはオーディエンスの心に残るものだ。何気なく発した言葉であっても、輝かしい世界に住むアーティストの言葉は、その一つひとつが感動なのだ。デモで疲れている若者達もこれでまた頑張れるだろう。
ライブが終わり、客席はあっという間に空っぽになった。裏口には物販で買ったグッズにサインを貰おうと、さっきまで客席にいた子たちが並んでいた。メンバーを目にし、サインをもらうと大声を上げ、飛び上がって喜んでいた。
僕は打ち上げには参加せず、すぐに立法院に向かった。デモはとっくに終わっている時間だったし、昨日出会ったみんなもきっと同じ場所にいるだろうと思ったからだ。
コンビニで弁当を買って、店内で食べた。台湾のコンビニにはイートインコーナーが常設してある。先に出て行った客の椅子の下を見ると「反服貿」のステッカーが貼られていた。バイトの店員はそれを見つけるとブツブツ言いながら迷惑そうに剥がしていた。
タクシーに乗り、「立法院(リーファーユエン)へ」と告げた。一瞬間が開いたけれど、タクシーはすぐに走りだした。車道は空いていて、信号にも捕まらずすぐに立法府に着いた。
夜も深いからなのか、デモの後だからだろうか、昨日と雰囲気が全く違うように感じた。なんだろう、このちょっと危ない感じは。夜も深かったので、道端に座り込む者や、寝こんでいる者が何人もいた。
議場の中へ入ろうと昨日と同じ入口へ向かう。昨日とは全然違う門番がいて、話をするも全く応じてくれない。おかしい。中からスーツを着た人が出てきたが、ネームプレートを見せてもパスポートを見せても無駄だった。「正式なパスが無いとダメだ」と言っているようだった。
「僕は日本から来たフォトグラファーだし、ジャーナリストだ。昨日も中に入れてもらったんだよ!」と伝えても全然ダメだった。「中に入れるのはリポーターだけだよ」。頭のなかが真っ白になった。
昨日、議場の中で「また会おう」と約束したみんなの顔が思い浮かぶ。僕は朝まで議場の中で過ごすつもりだった。多分、こういった現場にはつきものなのだろう。さっきまでイエスで通っていたこともノーとなってしまう。仲良く話していた仲間とも、次の瞬間には二度と会えなくなってしまう。それでも、ここはまだ優しい場所なのかもしれない、そう思うと少しは救われた。
あまり楯突いても余計な問題を増やすだけかもしれない。そう思った僕は建物から離れて、しばらくぼんやりと何も考えずに立法院を眺めた。
係の学生が防寒用のシートを配っていた。今夜は少し肌寒い。みんなダンボールを地面に敷き、寝袋や毛布にくるまっている。ふと見ると救護用テントがあった。こんなのあったかなと思ってシャッターを切ると、係の学生が何やら話しかけてきた。何を言っているのかよく分からなかったが、「ここを撮るなと言ってるのよ」と西洋風の女性が忠告してくれた。なぜだか分からないが急に鳥肌が立ち、僕はここに長居しない方がいいと思いはじめて、立法院を後にすることにした。
帰る道すがら、大きなスクリーンには議場内の様子がプロジェクターから映しだされていた。友達同士でそれを見ながら話し込んでる姿もあり、大きな輪になってこの運動のテーマソングをみんなで歌い合ってるグループもあった。少し進むと、別のスクリーンでは映画を放映していた。邦画だった。しかし、映画のタイトルも出演している俳優もよく分からなかった。みんなこうやって毎晩ここで夜を過ごすのだろう。
コンビニで栄養ドリンクを買って、飲みながらゆっくりと歩いて帰った。
成熟した日本、その日本という“世界”は完成していると言っても過言ではないだろうし、全てが用意されたその“世界”の中に育った僕は、いまいち反抗するという事がよく分からないし、怒り方もわからないでいる。できれば流れのままに身を任せ、穏便に過ごしたかった。
しかし、311以降、そういう自分に対して少しずつ危機感を覚え始めた僕は、今回の台湾からも何かを学び取ろうとしているのかもしれない。
僕らはもっと怒らなきゃいけない。未来は僕らが作るのだ。
最後に、太陽花学運を撮影するきっかけを与えてくださった内田樹先生、佐藤学先生、僕のこの行き場を失いそうだった台湾レポを取り上げて下さった後藤さん、『THE FUTURE TIMES』を支えているスタッフの皆様、そしてなによりこうやって記事をキチンと読んでくださる読者の皆さんに大いに感謝いたします。
そして、まだまだ戦いが長く続くであろう台湾の学生たち、台湾国民の方々の未来がより良いものとなることを願いつつ、筆を置きたいと思います。ありがとうございました。謝謝大家。
狩集武志(Qualishu)