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台湾「太陽花学運」レポート

大雨の中、再び立法院へ

一眠りして、再び立法院へと向かった。行きすがら腹ごしらえをしようと屋台へ入り、何か分からないがメニューを指さし麺類を注文した。テレビでは、ずっと今回の運動のことが報道されている。18時30分から馬総統が記者会見を行うらしい。客も皆、食事をしながらテレビに見入っていた。

屋台を出るころには、すっかり暗くなり、ポツポツと雨も降りだした。かと思った瞬間に雷を伴う大雨に……。途中のコンビニでレインコートを買った。アーケードの中は突然の雨に困惑し雨宿る人でいっぱいだ。途中の電器屋のテレビでも学生たちが映され、歩行者たちが立ち止まって見入っている。

立法院付近に来ると、やはりこの大雨のせいか引き返す人が多い。しかし、まだまだ大勢の人が演説に聞き入って拳を突き上げていた。係の学生が大声で呼びかけながらレインコートを配っていた。しかし、みんなズブ濡れだ。レインコートを着ているとはいえ、足元はなかなかどうもいかず、なかには裸足や下駄の者もいた。

学生の二人組に話しかけ、長らく話し込む。「津波の影響はどうなの?」「原発は?」「この運動って日本じゃどう伝わってるの?」「夜はここで明かすの?」「Facebookやってないの?(当時ボクはやっていなかった)LINEは?」「僕らはまだ地下組織だけどパーティーを組んでいる。将来は政治家になるつもりだよ」「また今度来るときは奥さんと来なよ。でも、台湾が台湾で無くなってたら申し訳ない」そんなことを話した。

明日(3/30)の大規模デモの話にもなった。日本人の女の子で台湾に留学している子にも電話を繋いでくれた。その電話先の女の子が通訳して僕に説明してくれた(女の子は詳細を知らない様子だった)。デモの話がある程度わかると、「立法院の中には入った? よかったら中の写真も撮ってきたほうがいいよ」と彼は言い、「Good Luck」と見送ってくれた。

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カメラと共に立法院の中へ

敷地内に入るとそこにも大勢の人たちがいた。廊下の屋根で雨を凌ぐ人たちや、立法院の中から顔を出す学生に向けてエールを贈る人たち。建物は何台もの投光器で照らされ、テレビカメラも何台も構えられていた。入り口には何人もの学生や警察がいる。

「日本からやって来た、中の写真を撮りたい」とひとりの学生と交渉してみた。しばらく彼らは仲間内で話し合っていた。返事はOKだった。僕は心のなかでガッツポーズを取った。女の子が議場の外側まで案内してくれた。

一カ所を除いて、全ての出入口は椅子を高く積み上げたバリケードで封鎖されていた。小さい隙間から物資の受け渡しや伝令が行われ、それぞれのバリケードの上には学生がいて見張り番をしている。

議場の中に入ると別の案内係の学生が相手をしてくれて、ひと通りの議場内の配置を説明してくれた。医者団のコーナー、弁護士たちのコーナー、メディアたちのコーナー、学生たちで組んでいるメディアのコーナー、翻訳家たちのコーナー、キチンと各コーナー整備されていた。

説明が終わると、日本語の出来る学生を紹介してくれた。名前は呉(ウー)さんと言う。髪を1つ結びにした凛々しい女の子だ。「今は立法院を占拠して300時間経ったということで、300秒の黙祷を行っているところです」そういえば議場内に入ったときから静かだなと思っていた。学生が黙祷している様子を撮影し始めると、すぐにその時間は終わった。

1人の学生が壇上に立ちマイク持つと、みんながつぶっていた目をゆっくりと開いた。そして、議場の白い広い壁をスクリーンに見立てて、プロジェクターから映像が流された。この運動を応援してくれている人たちが作ったムービーだろう。笑顔で見ている者、肩を組んで見る者、真剣な眼差しで目を向ける者の姿があった。

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それらが終わると、リーダーの1人がマイクを持ち掛け声を上げ、みんなを鼓舞する。それから、著名人たちの演説が始まった。十数台のテレビカメラがこの風景を追いかけ、スチールカメラを持つものはところ狭しと動いている。壁には風刺画、スローガン、応援のメッセージらしきものが並んでいた。

演説の間、医者団の中から数人の医者が出てきて、額に向かって機械を向け、ある者には印を付けたりしていた。熱を測っているのだ。数種類のサプリも配っていて、僕にもくれた。バリケードの上の学生のこともちゃんと診察していた。

ふと学生記者団のひとりが写真編集しているPCが目に入った。名前は劉祖澔(リュウ・ズゥハオ)といい、台中の東海大学に通う学生だった。思わず話し込んだ。内部の人間にしか撮ることができないであろう写真ばかりだった。FlickrのIDを交換し、すぐに僕の写真もチェックしてくれた様子で意気投合した。写真は僕を誰とでも仲良くさせてくれる。写真が無かったら僕は一体どうなっていたんだろうか、想像もつかない。写真は、僕をこんな行ったこともない国へ連れてきてくれ、更にこんな現場まで誘ってくれる。

議場内をウロウロしていると、郭育圻(グオ イチィ)という女の子が僕に話しかけてきた。どうやらカメラのバッテリーが切れたようだった。僕は何個か予備のバッテリを持っていたので、どうぞと渡すと飛び跳ねて喜んでいた。バッテリーやメモリー容量が切れてしまった時の悲しみは写真家のハシクレである僕も痛いほどわかる。写真を撮らせてよというと、それはそれは最高の笑顔を見せてくれた。まるでこの運動を象徴する太陽花のようだった。