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山口一郎

思い入れのあるアナログレコードを選んでもらい、音楽に対する愛情について語ってもらう――。今回の取材の主旨はそういうものだった。しかし、インタビューの場に現れたサカナクション・山口一郎は、それだけでなく、音楽のこれからに対して、沢山の語りたいこと、熱い思いを抱えていた。CDパッケージと配信とアナログレコードについて、この先の新しい音楽メディアのあり方について、ミュージシャンのあり方について。沢山の問題提起をしてくれた。

取材・文:柴那典/撮影:かくたみほ

日本ではまだCDで音楽を聴くのが『正義』なんだと思った

――以前、Twitterで「音楽を手に入れるときはCDですか? 配信ですか? その他の方法ですか?」とフォロワーの人たちに質問していましたよね。かなりの返信が集まったと思うんですけれども、そこからどういうことを感じましたか?

山口「実際に聞いてみたら、“CDです"っていう言葉がTwitterのトレンドワードになるくらい、圧倒的にCDという答えが多かったんですよ。そこからわかったことがふたつあって。ひとつは、日本ではまだCDで音楽を聴くのが“正義"なんだと思った。もうひとつは、そういう人はみんな、自分がCDを買ってる、CDで音楽を聴いているってことを言いたいんですよね」

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――そのことで音楽好きな自分をアピールするという?

山口「そう。僕に返信することで、自分のフォロワーに対しても示している。ソーシャルネットワークというものはそれぞれが発信するメディアだということを思いましたね。もちろん配信で聴く人もいたし、CDと配信をジャンルで聴き分けているという人もいて、音楽の聴き方は多様化していると思ったけれど、アナログっていう人は極端に少なかった。それは意外でした。本当に音楽が好きな人はハマ(・オカモト)くんのような若い世代でも、アナログを好きになると思っていたから」

――実のところ、僕は「CDです」という返信が圧倒的に多かったこと自体が意外だったんです。というのも、僕自身はCDも配信も聴くし、SOUNDCLOUDもYouTubeも、ストリーミングサービスも使っている人間で。

山口「配信、CD、ストリーミングと、いろんな聴き方があるけれど、どう違うのかあまり理解されていないと思うんです。たとえば、CDだったらパッケージが付いてくる、配信だったらすぐに買えるとか、利便性の部分はわかりやすいと思うんです。でも、音質の違いを知らない人が沢山いる。たとえば、CDでさえも僕らがレコーディングした状態から音質は落ちているし、iTunesの配信はもっと間引かれて、薄い音になっている。それがわからずに、手軽だから、便利だからと配信が選ばれているのは、悲しいなとは思います。もうしばらくしたら、配信でもCDよりいい音で聴けるのが当たり前の時代がくると思うけど、そのときにみんないろいろ気付くと思う。だから、僕らはCDを出している立場として、もっと工夫したり、音楽の届け方を試行錯誤しなきゃいけないんだとは思いましたね」

――高音質の音楽配信は実際にスタートしていますよね。

山口「フランスのサイトで、ダウンロード形式を選べるところがあるんですよ。一番データ容量が軽いMP3から、CDよりも音質がよくて容量のデカいデータまで好きな形式を選んでいいところで。そうしたら、一番いい音質で一番重いデータをダウンロードしている人の8割は日本人だったらしい(笑)。きっと、日本人って、いいものが欲しいと思うんですよ。日本食だって、まさにそう。素材の味を奥深く感じたい。一番美味しいものを食べたい。僕らが作っていく音楽もそうあるべきだと思う」

自分の好きな曲を大きな音でいい環境で聴ける店があったらいい

――海外ではSpotifyのような聴き放題のストリーミングサービスも普及してきていますけれど、それについてはどう?

山口「ああいうストリーミングサービスがメインカルチャーになってくると、聴く人が毎月定額のお金を払って、それが再生回数に基づいてミュージシャンに分配されるという感じになりますよね。そうなると、この先、音楽に払うお金が水道料金みたいなものになって、ミュージシャンが公務員みたいになるかもしれない(笑)。そういう時代がくるかもしれない。もちろん、音楽は万人に届くものだし、自由に受け取っていいし、好きな風に手に取ればいいと思うんですよ。どんな形をしていようが、音楽は音楽だし。ただ、受け取る側がちゃんと理解して選べるほうがいいと思う。そのためには、僕らのようなミュージシャンがどれにするかを提示していく必要はあると思います」

――その大事な要素として、音の良さがある。

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山口「アナログレコードが見直されているのはそういう部分ですよね。僕も実際に聴いてわかった。今まで、スピーカーを選ぶときにクラフトワークの『ツール・ド・フランス』をリファレンスCDとして使っていたんです。聴き慣れているCDだから、いつもと別のスピーカーで鳴らしたときに『こういう感じの音が出るんだ』ってわかる。音域はこれくらい出るんだ、これくらい臨場感があるんだって確かめられる。でも、アナログレコードで『ツール・ド・フランス』を聴いて、その感覚が吹っ飛んだんです。CDとは全く別物だった。アナログだと音が分離していないんですよ。全部の音が塊として出てくるんです。でもその良さは、体験しないとわからないんですよね。レコードプレイヤーも、スピーカーもいいものを用意して、ある程度の音量で聴かないとわからない。そういう状況が整ってないと判別しにくいけど、それでも、その違いを知った上で選べるようになるといいですよね。ミュージシャンと一緒に、レコードショップがそういう活動をしてもいいと思う」

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――お店がそういう風にアナログレコードならではの音を体験できる場所になってもおもしろいですよね。

山口「CDショップによくある試聴機って、たいてい、安いCDプレイヤーに安いヘッドフォンがかけてあって、それで新譜を聴くようなタイプのものが多いじゃないですか。それって、かなりレベルの低い試聴体験だと思うんです。それだったら、オーディオルームを作って、いいスピーカーをドンと置いて、好きな音楽を聴いて“これ格好いい!"って思って買いたい。そういうお店ができたらいいなって思う」

――僕も、今年マイ・ブラッディ・バレンタインの新譜を買ったとき、正直、PCからイヤフォンで聴きたくなかったんですよね。どうせなら爆音で聴きたいと思って、深夜にリハスタを借りて大きな音でスピーカーで鳴らしたんです。

山口「わかる、それ。だから、自分の好きな曲を大きな音でいい環境で聴けるカラオケボックスみたいな店があったらいいですよね。みんな、それを望んでると思う。デカい音を出して騒ぎたいと思ってる音楽好きな子は多いと思うし、その子たちの欲求を満たすのはカラオケじゃ足りないんですよ。だって、もっといい音で聴きたいから。予言するけど、きっと10年以内にそういうお店ができると思う。できなかったら僕がやろうかな(笑)」

――確かにそういう店、行きたいかも。

山口「いいスピーカーがあって、ソファーがあって、そこで友達と一緒に飲みながら好きな音楽を聴いたり、ライブ映像を見たりしてさ。そういうところで新しい音楽の楽しみ方も生まれると思うし。絶対、楽しいと思う」

――レコードを聴きながら「この曲のここがいいんだよね」って語りあったり、ライブの生配信を友達で集まって見たりするのも楽しそうですよね。

山口「音楽の楽しみ方って、変わっていくと思うんですよ。ソーシャルネットワークがどんどんリアルタイムなものになっていったように、音楽も、もっと生の要素を感じるものが大事になっていくと思う。だけど、実際のライブに足を運べない人も沢山いるから、大きな音とか、臨場感とか、それを体験できるものが必要になる。でも、その一方で、ヘッドフォンもどんどん進化していくと思っている。音楽が“外の世界"と“個の世界"というものにハッキリ別れていくと思いますね」

ロックやクラブミュージックは、個に投げかけるものであってほしい

――音楽の楽しみ方でいうと、僕はこの先、ふたつの流れがあると思うんです。ひとつは、音楽はどんどん共有するものになる。友達とコミュニケーションするための道具であり、自分を飾るアイテムにもなる。僕としては、それはそれですごくいいことだと思う。その一方で、逆に自分ひとりになるための音楽、一対一で向き合うための音楽というものもあると思う。それぞれの未来について、考えていることを聞きたいんですけれども。

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山口「まず、音楽に興味がある人と、音楽にさほど興味がない人、その二種類の人は必ずいるんです。僕は音楽に興味がある人の部類だし、僕の周りにいる人たちもそういう人ばっかり。でも実のところは、世の中にはどっちかと言えば音楽にさほど興味がない人のほうが多い。健全な若者たちの方がね(笑)。そういう子たちが、今後、どういう音楽を聴いていくのか。その未来を作っていくのがミュージシャンだと思うんですよ」

――そういう子には、どうなってほしいと思う?

山口「それはやっぱり、“個"で音楽を聴くこと。音楽で心が震えたり、音楽で泣いたり、自分の未来を考えたり、自分を投影したりする。そういう“個"の音楽に導いてあげないといけない気はしている。エンタテインメントだけじゃなくてね。ロックやクラブミュージックは、“個"に投げかけるものであってほしい。“個"の人達が集合して、共同体になる。ロックの名のもとに人が集まるというか。そういう現象になればいいなって思いますね。だから、フェスも、本当は街の全部が“お祭り"になってほしいと思う。大きなホールも小さなライブハウスも、全部がひとつになっているような。街そのものが鳴っているようにできたらいいですよね。若者がパスをぶら下げてウロウロしていて、音楽に興味ない人にも“なんかうるさいぞ"と思わせるようなもの。プロモーションを兼ねてるような、ただ単にショーケースになってるようなフェスはおもしろくないと思う。それに、フェスがからんできたせいで、雑誌とか、音楽メディアがダメになっている気もする。本当に推してるのか、どこまで思想を持ってやっているのか、わからなくなってきたというか」

――山口さんは音楽メディアのあり方についてはどう思います? 僕は雑誌を作ってきた人間ですけれど、基本的な考えとしては、「紙の手触りがいい」というような言い方は「馬車の乗り心地が大事」って言ってるのと同じことにすぎないと思っているんです。みんな便利だったら自動車に乗るわけで。それを踏まえて、雑誌でしかできないこともあるし、新しい情報に触れるきっかけの役割を果たすこともできると思っているんですけれど。

山口「僕、インタビューが活字になったのを読んだときに、話したときの熱意が全然出てないと思うようなことが沢山あるんですよ。それなら、取材してる場にカメラを置いて、話していることをそのまま映像として公開してもいいと思う。雑誌を読んで“これは文章じゃなくて映像で見たい!"って思ったら、ネットでそれを見る。YouTubeにリンクが張ってあったりしてもいいし、そこからすぐにCDや配信で曲が買えてもいい。その方が建設的だし、音楽好きなリスナーにとって、深く入っていけるレイヤーがあると思う。そういう時代になってもいいのに、“音楽を大切に"とか“ロックだ"とか言ってる人達は、頭が固いし、古い人が多い気がする。バブルのときの名残りがあるのか、固定概念に縛られてる感じがする」

――うんうん。

山口「いずれCDというものも衰退するだろうし、そうしたら取って代わる何かが出てくるはずだと思うんです。そのときに乗り遅れないようにしなきゃいけないし、ミュージシャンが音楽を作るシステムを保持しないといけない。それが出来ないと、どんどん力のある、お金のあるところが強くなってしまう。マイノリティなものが、それ以下の存在に押し下げられてしまう。それは避けたいと思ってますね。僕はそういうマイノリティなものの中にこそいいものがあるってことを信じているし、それを守っていきたいと思ってるから。だから“バンドってこういう感じなんだ"っていうのを、できるだけ生々しく見せたい。映像でも見せたいし、ラジオでも言いたい。そういう活動をしたいと思います。それが僕にとっての音楽の復興だと思う」

下北沢のライヴハウスで世界を変える一曲を歌うヤツが出てきたら、そいつが60歳まで生きていけるような時代になればいいと思う

――音楽を巡る状況のこの先についてはどうでしょう? この10年間ずっと、CDが売れない、不況だ、音楽業界の先行きが暗いっていう話って、僕は山ほど聞いてきたんです。でも、一昨年くらいから、僕自身は全然そんなことないと思い始めていて。先行きに関しては、非常にポジティブにとらえている。というのは、パッケージの価値が落ちているだけで、中身の価値は落ちていないわけだから。

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山口「僕らが10代だった頃に比べて、音楽というものを手に入れやすくなりましたからね。簡単に探れるようになった。YouTubeでも、“こんな映像あったんだ"ってビックリするようなものが、平気で見られる。そこでしか見られないものも沢山ある。そういう時代は、作り手からすると、いい刺激になるんですよ。だから、いいモノが生まれてくるに決っているんですよね」

――それこそ、YouTubeって、再生回数に応じてクリエイターに報酬が入る仕組みがあるんですよね。その収入だけで暮らせている人が日本にすでに数人いるらしいんです。たとえばニコニコ動画でも、動画を作って公開してるだけでサラリーマンの平均年収を超えるくらいの報酬を得ている人が、すでに10人くらいいる。こないだ知ったんですけれど。

山口「へえ、そうなんですね」

――もしこの先10年後に、これが数百人とか数千人になったらどうなるだろう?ってことを僕は考えるんです。まず、沢山のミュージシャンがそれで食えるようになると思う。今でもYouTubeの再生数の上位はミュージックビデオが占めているわけだから。音楽を好き放題作って、それを無料で公開して、それだけでサラリーマン以上に稼げてしまう人が山ほど出てきたら、それは絶対に日本が変わると思う。変わり者が、その才能を活かして食っていける社会になる。そうなったらいいなって。

山口「うん」

――実際、過渡期であるということは、誰もが認めることだと思うんです。僕はこういう楽観的なことを考えているけれど、山口さんはどう思いますか? マネタイズとか、ミュージシャンが音楽をやって食っていくということについて。

山口「ミュージシャンって、スポーツ選手より寿命が短くて、旬が過ぎるとあっという間にいなくなるって思われがちですよね。水商売というか、自分の人生の中での一瞬の輝きをどう見せるかという価値観がある。でも、僕はそうじゃないと思う。ミュージシャンがお金を目的にして、より沢山の収益を得ることを目指す時点でダメだと思う。そうじゃなくて、普通の収入でいいんですよ。ただ単に、好きで作ってるわけだから。それで60歳、70歳まで生きていけるシステムができるといいと思ってますね。それがYouTubeの再生回数なのか、配信なのか、ライブなのかわからないけど、そういう未来が来たらいいと思うし、そうなる気がする。お金を目的に音楽を作らなくなったら、いいモノが出来てくるに決まってるんですよ。より大きな収益を求めると、誰にでも理解しやすいものになるし、そういうものを大々的にメディアを使って流行ってるって思わせた方が勝ちになるから。それより、下北沢のライブハウスで世界を変える1曲を歌うヤツが出てきたら、そいつが60歳まで生きていけるような時代になればいいと思う」

――そうそう! まさに。

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山口「ただ、今すぐそういう時代が来るとは思ってないですね。今もテレビを見ている人は沢山いるし、それがメインカルチャーなんですよ。だけど、そこに飽きてきているヤツらも出始めている。おもしろくないって思い始めて、新しいものを探している人が沢山いる。僕はそっちに先導する役割のミュージシャンになりたいとは思います。僕がメディアに出ることの意味はそこにあって。僕らをテレビで見て“こいつらおもしろそうだな、人気あるのかな"って思ってもらって、そこからくるりや星野源に辿り着いたり、AOKItakamasaのようなクラブミュージックに辿り着いたり、日本の音楽シーンにおもしろいものがこんなに沢山あるんだって、気付いてもらいたい。お金儲けのためとか、有名になりたいから、こういうことをやってるわけじゃないんですよ。音楽に興味のない人達にとってのきっかけになりたいんです」

(2013.5.31)
Tour De France 03 [12 inch Analog]

Kraftwerk
『Tour De France Soundtracks』

これのCDをスピーカーの音を比較するためのリファレンスに使っていたんです。でも、アナログ盤を聴いたら全然違った!まるで別物でしたね。クラフトワークって電子音楽のイメージが強いけど、アナログで聴いて初めてダンス・ミュージックだと思った。音のカタマリにグルーヴがあるのがわかったんです。

Liaisons Dangereuses

bibio 『Ambivalence Avenue』

もともと大好きで、アナログ盤があると知ってドラムの江島にネットで探して買ってもらったんです。『WARP』からのリリースだけど、アナログを意識した音作りをする人で。すごく温もりを感じられるんです。アナログの良さって、ミュージシャンが作った意図そのものが手に入ることなんですよね。宝物です。

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渡辺俊美

山口一郎(やまぐち・いちろう)

サカナクションのボーカル&ギター。2005年、地元札幌でサカナクションとして活動開始。2007年5月1stアルバム『GO TO THE FUTURE』を発表。2010年に日本武道館単独公演を実施、 その翌年のツアー(SAKANAQUARIUM2011 “DocumentaLy"」)では キャリア史上最大キャパシティとなる幕張メッセ公演を行い、2万人を動員。2013年3月13日には、6枚目となるオリジナル・アルバム『sakanaction』をリリース、ウィークリー・チャート1位を獲得。3月27日より、動員数8万人を超える全国ツアーを展開。音楽性はもちろん、ミュージシャンとしてのスタンスを含め、幅広い世代から支持を集めている。