東日本大震災という大きな出来事を経験した私達は、これからどんな“未来”を作っていけるのでしょうか。「THE FUTURE TIMES」では、これから時間をかけて、様々な人の声を紹介していきます。それぞれ手がけるフィールドは違っても、同じ時代に生まれた同じ世代では、通じ合うものがある——ユニークなアイデアを紹介/発信するWEBマガジン『greenz.jp』編集長の兼松佳宏さんに、現代を生きる私達の新しい“繋がり”について伺いました。
兼松「5年前に、身近な暮らしから世界を変えるアイデアを紹介する『greenz.jp』という、ウェブマガジンを始めました。始めた当初は“エコスゴイ未来がやってくる!”をキャッチフレーズにしていたんですけど、次にリニューアルしたときには“エコスゴイ未来がやってきた!”に変更しました。なんだか僕たちの周りでどんどん新しい動きが始まってきた感じがしたんです。「“未来”は、まさに“今”起こっているのかもしれない」と。よく“世界を変えよう”といわれたりしますが、なんだか遠くのことのようで自分に関係ないように聞こえてしまう。むしろ、自分のまわりの人がオーガニックな野菜を摂り始めるとか、自分達の住む街の未来を前向きに考え始めるとか、それがいつのまにか広まって、気付いたら世界が変わっているというほうがしっくりくると思うんです。いつかの未来を待つんじゃなくて、自分たちの手でつくっていくイメージ」
後藤「確かに」
兼松「サプライズがあり、愛があり、社会問題を一気に解決するようなアイデアこそ、共感を生み、社会を動かす力がある。グリーンズでは食やまちづくり、エネルギーなど、世界中のさまざまなアイデアを紹介し続けてきましたが、今はまだ小さな一歩でも波紋がじわじわ広がるように“新しいあたりまえ”になっていけばいいなと思っています。2012年1月に『ソーシャルデザインー社会をつくるグッドアイデア集』(朝日出版社)というグリーンズ初の編著本が出るのですが、その中で慶應義塾大学准教授の井上英之さんのインタビューで“スーパーマンを待つ時代ではない”という言葉がありました。自分にとって大切な課題を解決することから始めて世界を動かしていくということが、僕たちが考えるソーシャルデザインですね」
後藤「個人それぞれの考えが変わらないと、社会は変わらないですよね。グリーンズは兼松さんご自身のアイデアで始めたんですか?」
兼松「BeGood CafeというNPOが、月に一回、代替医療やシュタイナー教育、パーマカルチャーなどこれからの社会に必要なトピックをテーマとしたイベントを開催していたんです。その代表のシキタ純さんという方がが「ウェブメディアをやりたい」という話で、僕がウェブデザイナー、発行人の鈴木菜央が編集の仕事をしていたのでそれぞれ担当することになりました。その頃、北極の氷が溶けるなどネガティブなニュースばかりで、不安に思うことが多かった。だからネガティブなニュースはマスメディアにまかせて、ポジティブに行動したくなるアイデアを紹介しようと思ったんです」
後藤「なるほど」
兼松「もうひとつ、今ではいろいろな雑誌がありますけど、当時は型にはまらない素敵なアイデアを実行しているパイオニアたちがフォーカスされていなかった。だから素敵な未来をつくろうとしている人たちのストーリーをしっかり伝えるメディアになろうと考えました。コンセプトはよかったのですがすぐに利益が出るテーマではなかったので、、2006年末には一旦廃刊する?という話が出たんです。でも僕と鈴木はどうしても続けたかったので、ふたりで引き取りました。2007年に改めて手弁当でスタートしたんですが、自分たちの生活を支えるのに必死で、一ヶ月に4回くらいしかニュースを更新できないときもありました。半年間、なんとか緊急事態を乗り切ったおかげで、仲間も増えて結束が強まりました。人も増えたり減ったり、紆余曲折で今に至ります」
取材・撮影は兼松さんとも縁のある東京・六本木農園にて。 生産者とともに日本を元気にすることを目的とした“農業実験”を行うこちらのレストランはファームも併設。ビニールハウス内テーブル席に備え付けの丹前を着用し会話も弾む。かつて日本の冬に欠かせなかった防寒着だ。
後藤「ウェブマガジンはどのような読者を対象に考えているんですか」
兼松「すべての人に届くような情報って、どうしても引っ掛かりが弱かったりもする。なのでまずは響く人に響くといいなと思っています。よくエコをテーマにしたウェブマガジンと紹介されますが、エコやサステナビリティだけが守備範囲だと、どれだけ実際の暮らしに関係してくるのかなと違和感があって。環境だけじゃないと思ったときに、うまくくくれるものがなくて“何がやりたいかわからない”と初めのころはよく言われました。普通ジャンルを絞ったほうがわかりやすいし、クライアントも付きやすいですしね。でも結果的には、ジャンルを幅広くやっていてよかったなぁと思う。例えばアウトドア関連のメディアだけでイベントを紹介していると集まるのはアウトドア好きの人に偏りますが、グリーンズが紹介すると“アウトドアが嫌いな人”にもリーチできて、いろんな人とアウトドアの話ができたり、新しいつながりができたりする」
後藤「例えば、音楽のところに音楽の人しか集まらなかったら血流が悪くなりそうですもんね」
兼松「グリーンズにはライターさんが20人くらいいて、それぞれ映画、地域、ファッションなど専門を持っているんです。建築の分野の話が少ないと思ったら、その分野のライターさんを集めたりします。昔は僕、頭でっかちで、自分が全部やらなきゃと思っていたんですよ。ネタを探すのも記事を書くのも自分がやらないと伝えたいことが伝わらないと思っていたけれど、だんだんと志をともにしているライターさんだったら安心して任せられることに気付いた。人を信頼するようになって、自分が寝ていても世界は進んでいるんだということがわかって、気持ちが楽になったんですよ。自分がずっとやるのではなく、人に引き継がれていくほうが強い組織だなとも思うようになりました。今はウェブマガジンの編集長をしていて、グリーンズらしさを作るのが僕の仕事。ライターさんを集めたり、内容を調整したりしています」
後藤「“グリーンズらしさ”というのはどういう感じですか?」
兼松「どうなんでしょう。ライターさん達に聞いたりもしています(笑)。イベントの参加者などに聞くと“居心地のいい場所”だったり“面白いことを教えてくれるクラスメート的な存在”だったり、いろんな人がいろんな感想をいってくれるのが嬉しいです。僕たちが大切にしているのは、特定のジャンルにしばることなく“未来は自分達の手でつくれる、というポジティブな価値観”を共有すること。グリーンドリンクスというサスティナビリティやまちづくりをテーマとした飲み会も毎月開催しています」
後藤「それ、面白そうですね」
兼松「そこに農家さんもいれば、ミュージシャンもIT関係の人もいる。いろんな人と交わることで話ができて、対話をすれば何かに気付く。ここでの出会いから転職する人もいて、大企業を辞めてNPOに転職する人もいればNPOから大企業に入る人もいるんです。職場でも家庭でも、社会全体で壮大なシャッフルが起こっているんだと思います。より自分に素直に生きている人たちが集まってきてくれている。全然違う職業なのに、こんなに気持ちが伝わるのはなんでだろうというような感想も多いんですよ」
後藤「確かに。違う分野の人が交流できる場っていいですよね」
兼松「このグリーンドリンクスは世界800都市で開催されていて、ニューヨークでもホノルルでもパリでもクアラルンプールでもやっている。僕がニューヨークのグリーンドリンクスに参加したときに“グリーンドリンクス東京にいってるよ”といったらすごくウェルカムでした。逆にグリーンドリンクス東京にもメキシコやパリのグリーンドリンクスの人が来たりするんです。同じ志を持った人たちが国境を越えて交流できるっていいなぁと思う。グリーンドリンクスジャパンを去年の1月に立ち上げたんですが、今では50都市まで広がりました。そのオーガナイザー同士をつなげるためにサミットをやったりもします。震災後には、福島県からもグリーンドリンクスを立ち上げたいという連絡もありました。やっぱり福島の人がいちばん対話したがっている気がしています。答えはないんでしょうけど、福島に残る人も、引っ越す人も一歩踏み込んだ心の繋がりが必要ではないかと思うんですよ」