後藤「飛騨では、どんな取り組みをされているんですか?」
竹本「ここでいう飛騨っていうのは、さっきの区分でいったら古川のほうなんですが、あの一帯は『飛騨匠』で知られているところで、職人もいるし、製材所もある。ご近所の高山には『オークビレッジ』みたいに独特な工房から、大きく産業化している『飛騨産業』のようなところまであるんです。そうした飛騨地区全体でみると家具の出荷総数も額も日本有数で。でも、使っている木材の98%が輸入材なんです」
後藤「えっ、あんなに木があるのに?」
竹本「普通、そう思いますよね。僕も“なんで飛騨の木を使わないんですか?”って工房の人に聞きました。そしたら、“木がないんだ”って言われて。“いやいや、十分あるじゃないですか?”って返すと、今度は“あの木じゃなくて、家具の材料になる木がないんだ”って」
いとう「えっ、それってどういうこと?」
竹本「そもそも木を切らない、切っても捨てていたりするので、ほとんど木材として山から出てこないんですね。出てきても現状では紙かエネルギーのチップになるものが圧倒的に多くて。家具や工芸の用途では、まず流通しないんです」
いとう「なるほどね」
竹本「最初に言ったように、古川は広葉樹が多いんですね。本来、広葉樹というのは曲がってたり枝分かれしていて、切って運ぶのに手間やコストがかかるので流通に乗せてもらえないんです。その点、北米を中心にした輸入広葉樹であれば、加工済みのものが安定して入ってくるしコストも安いので、みんなそっちを使うと。実はその輸入材っていうのは、乱伐したものが少なくなく、別の問題もはらんでいるんですが……」
いとう「それでも現状は、外材に頼ってしまう」
竹本「結局、山から切り出した広葉樹をその場で製材して、職人がすぐに家具を作るような仕組みが地域のなかでできればいいんですけど、そうなっていないんですよね」
後藤「同じ製品を作るなら、輸入したほうがビジネスとしては効率的だ、と」
竹本「そういうことです。似たようなケースが農業でも起こっています。高山市に、藤原孝史さんっていう、堆肥づくりに力を入れられている農家の方がいるんですね」
後藤「僕も農場(『みな土ファーム』)を見学させていただきました」
高山市の農家、藤原孝史さんが経営する『みな土ファーム』。
乳酸菌が配合された飼料で育った牛の糞尿とおが粉をブレンド、発酵熟成して作られた『みな土ファーム』の有機堆肥。
ファーム内では間伐材を有効利用して割り箸を作り、製造過程で生じる木屑は堆肥の原料となるおが粉に回している。
竹本「良質な堆肥を作るには、良質なおが粉が原料として必要なんですけど、製材会社がおが粉の供給をしなくなっているんです」
後藤「なぜですか?」
竹本「小規模零細の製材所の多くが廃業し、残った中堅あるいは大手の製材業者は端材が出ると、そのままチップなどにして燃料として使っちゃうんです。それが悪いということではないんですけど、結果、小口の農家に顔の見える関係としておが粉を流通させるようなことがなくなっているんですね。地域の中で端材の一部をおが粉に回して、できた堆肥を使って農家がおいしい野菜や米を作って食べるみたいな、域内最適化を図ることがされなくなっていったんです。仮におが粉が流通しても、その原資は地域木材ではありませんし。言い換えると、グローバルなバリューチェーンの最適化のなかに飛騨が組み込まれちゃってるってことなんです」
いとう「そのチェーンを断ち切らない限り、状況は変わらないよね」
竹本「そのためには山側がイニシアチブをとって価値創りをしていかないとダメなんです。川下の側からいくとどうしても販売価格から――輸送費を引き、製材費を引き――っていう引き算をするんで、最終的に山にとってはプラスマイナスゼロかマイナスになっちゃう。山側が最低限必要なコストに、森を持続させるための価値を足して製品を流す仕組みにしないと、山にお金が残らないわけです」
後藤「本来は足し算であるべきだと」
竹本「はい。流通が消費者には“他店よりも高かったら教えてください”と言いながら、仕入れ先にはバイングパワーで“こんだけ買うんだから安くしろよ”って言う、そういうことをさせない仕組みを作らなければいけないんです」
いとう「そういうことだよね。域内最適化の話でいったらさ、竹本さんは、西粟倉でも飛騨高山でも割り箸工場を作ってるでしょ?」
竹本「そうですね。西粟倉では自社で、飛騨高山では、価値観を共有する提携先の企業と協力して作っています(※1)」
いとう「その取り組みもおもしろいよね。さっきの植林幻想と似てて、“割り箸は森林を破壊するものだからけしからん”ってみんな思い込んでるしょ? でも、さっきも言ったように、森って間伐しなきゃ活性化しないし、間伐材を活用しない限り、他の国から乱伐した木が入って来てしまう。結果的に国内外、両方の森を破壊することになっちゃうんだよね。そこで、“間伐材で割り箸を作りましょう、それを売ったお金を山に返しましょう”っていうことを、竹本さんは始めたと。しかも、割り箸にするときに出る木屑はペレットに使うとか、ムダがないようなサイクルを地域で作ろうとしてる」
後藤「まさに域内最適化ですね」
竹本「おもしろい話があって、割り箸を作るにしても、西粟倉の木と高山の木は材質が違うので、同じ機能性を維持しようとすると、デザインが変わるんですよ。西粟倉の木は少し柔らかいので、柄の部分を太くして先っぽを細くするっていうフォルムになる。逆に飛騨の木は堅いので、全体を細くも丸くもできる」
後藤「木自体に個性があるってことですね」
竹本「だから、割り箸を作る業者が新規参入するときも、“ウチは後発だからデザインを工夫しなきゃ”とか考える必要がないんですよ」
いとう「木が箸の形を決めてくれる、と」
竹本「そうです。製法は一緒なのに、最終的なアウトプットが違う。なぜなら、インプットする木が違うからってことなんですよね」
後藤「我々が大量生産されるモノについて考えるときって、どうしても必ず正しい方程式があって、どこから何を入れても同じ物が出てくるイメージで考えがちですけど、入力が違えば出力も違って当然なんですよね」
いとう「その“違い”をみんなでおもしろがれるかどうかが大事なんだよね」
竹本「近代化の過程って、いかに安定して大量にモノを作るかってことなんで。歩留まりを高めようとしたら、やっぱりプラスチックになったり、鉄になっちゃうんですよね。木っていうのは、大量生産に一番向かない」
いとう「でもそれは、裏を返したらね、“木は生き物だ”っていうことだからね」
竹本「そうです、そうです」
いとう「生き物はみんな違って当然なのに、ブロイラーみたいに画一的に扱うのはもうやめようよって話だよね。そのまんまでいい。そもそも、常に一定の状態っていうのは生き物としておかしいのに、それをヘンだって思わないのは、みんな生き物を完全に工業製品としてしか認識してないってことなんだよね」
竹本「『みな土ファーム』の藤原さんが“牛乳のパッケージの『成分無調整』という表示はごまかしだ”っていつもおっしゃってるんですけど、それもまさに同じなことなんですよね」
後藤「どういうことですか?」
藤原さんは「共存循環型農業」をテーマとして掲げ、その理想的なサイクルを模型で具現化し、更新し続けている
竹本「たしかに牛乳を紙パックに詰めたりして製品にする二次工場では調整していません。でも、その前の一次工場、つまり牧場ですよね、そこで何が行なわれてるかといったら、牛にとにかく運動をさせないで、なおかつ穀物飼料をどんどん与えることで乳脂肪分が3.5%以上になるようキープしてるんです。つまり、決められた買取り基準の乳脂肪分数値に調整して出荷しているんですよ」
いとう「それって、無調整じゃないんじゃないかっていうね」
竹本「飼育の段階で調整してはいるけど、製品にする段階では手を加えてないから無調整だと。言葉遊びのようですよね。そもそも、乳脂肪分が常に3.5%以上あるっていうのは、生き物としておかしいんですが」
後藤「藤原さん、牛肉についても嘆かれてました。スーパーなどの商品棚に並ぶとき、サシが入って色合いがピンク色に見えた方が消費者の受けがいいので、サシを入れたいがためだけに牛が消化不良を起こすくらいの栄養分を与えたり、ビタミン不足の状況を作って、結果的に不健康な牛を育てている畜産家が多いと……」
いとう「まさに、牛を工業製品だと思っちゃってるってことだよね」
後藤「それって、僕たちユーザーに直接突きつけられてる問題ですよね」
いとう「やっぱり、多様性分散型思考っていうものを哲学としてだけじゃなく、生活感覚として取り戻さないとダメなんだよね。だから、その一歩じゃないけど、さっきも言った域内最適化の一環としての割り箸をどんどん広めたいよね。前に竹本さんと“どうやったら割り箸をみんなが使うようになるだろう?”って話をしてて。そこで出たのが、箸袋を広告メディアにすればいいんじゃないかっていうアイデアで。今の印刷技術なら、箸袋に400字の原稿が書ける。そこに連載小説を書くから、読みたい人はラーメン屋とかで割り箸をどんどん使ってくださいってね(笑)。これもう、ホントやりたいんだよ。広告代理店に売り込みにも行ってるから」
後藤「僕も執筆陣に混ぜてほしいです」
いとう「ぜひぜひ!」
竹本「消費者の意識を変えるっていうことでいうと、とても近しくさせて頂いている某県知事が県内で使う割り箸を県産の杉で作ろうと計画しているんです。生産・加工できる場所で一番近いのが飛騨なので、輸送コストを下げられる荒材の状態にして持っていって、製品化したものを飛騨から戻すってことを考えていて」
後藤「おもしろいですね」
竹本「安価な輸入割り箸と県産材割り箸との価格差を埋めるのに必要な費用の一定割合は補助金という形で県が持って、その残りはコンビニとかに募金箱があるじゃないですか、そこで集めたお金を原資にして埋めると。補助金は、助けて補うって書くように、本来、永続的なものではなく、3年や5年って期間を決めるべきものですよね。そのあいだに、“地元の木を使って割り箸を作るのは森にとってすごく大切なことなんだけど、どうしてもお金がかかっちゃうから、そのぶんはレジ袋と同じように有料にさせてもらいます”っていう感じで啓蒙を進めて、段階的に有料化してくっていう。最終的に、レジで“割り箸つけますか?”って聞くようにして、必要なら何円か払ってもらう仕組みを整えれば、補助金もいらなくなって、ムダに使う人も減るじゃないですか。そういった啓蒙の部分をせいこうさんにお願いできないかと、某県知事もおっしゃってるんです。箸袋を広告メディアにする提案をしたら“せいこうさん、書いてくれますかねえ”って(笑)」
いとう「やるよやるよ。やるに決まってるじゃん、そんなおもしろいこと。“割り箸を使うだけで森をキレイにできるんだよ、しかもその恩恵を受けながら森林を育成できるんだよ”ってね。自分が関わってる箸でご飯を食べるわけだから、消費者にとってもこんなに実感しやすい取り組みってそうそうないでしょ」
後藤「ホント、そうですね」
いとうせいこう
1961年生まれ、東京都出身。作家、クリエイター。小説、音楽、映像、舞台など幅広い表現活動を展開。2013年、『想像ラジオ』が第35回野間文芸新人賞を受賞した。日本のヒップホップのオリジネイターでもあり80年代にはラッパーとして活動。また、台東区『したまちコメディ映画祭in台東』総合プロデューサーも務める。本紙5号では祝島(山口県熊毛郡上関町)を訪れ、島民が約30年間続ける原発建設反対デモを取材、レポートした。
竹本 吉輝
1971年生まれ、神奈川県出身。株式会社トビムシ代表取締役。外資系会計事務所、環境コンサルティング会社を設立等を経て現職。専門は環境法で、環境ビジネスにも多数関わる。2009年にトビムシを設立し、2010年にはワリバシカンパニー株式会社の設立にも参画。トビムシの活動内容はオフィシャルサイトで。(http://www.tobimushi.co.jp/)
(※1)
提携先の企業とは別に、トビムシはこの4月、飛騨市、ロフトワークと共に「株式会社飛騨の森でクマは踊る」(通称ヒダクマ)を設立。
http://hidakuma.com